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2019年08月02日05:33

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時代に翻弄された食べ物 おでん

おでんは、そもそも、田楽でした。
豆腐に味噌などを付けて焼いたのが始まりでした。
ところが、この豆腐は…
https://www.kumanekodou.com/tayori/13666/
見ると、天婦羅蕎麦より高く、大福十二個分に相当するかなりの高級品でした。

なぜ、高いか。
恐らくは重労働だったからでしょうね。
江戸時代は、決していい時代だとは思いませんが、労働の正当な対価を支払う時代でした。

だから、『豆腐百珍』という料理書が出来るのも無理はありません。
この書物がおもしろいのは、何とか高級な豆腐をかさましして食べようとした工夫が、枝豆豆腐や餡かけや揚げ出しなどの形で結実していることです。
単なる焼き豆腐や湯豆腐も、当時の人にはご馳走だったでしょう。

それから、コンニャクが一般的になり、練り物の具が入るようになって、
現在の醤油ベースの煮込み式のおでんに進化するのは、明治以降と考えるのが正しいようです。
https://www.kibun.co.jp/knowledge/oden/history/rekishi/

おでんの黄金時代は、昭和初年までです。
今と違い、魚が安い時期であり、小魚を卸したり、アラから身をとったりすることを厭わない時代だったからです。
また、屋台店が、移動販売から固定に変わっていき、そこに労働者が群がりました。誰もが移動する屋台を利用する時代から、社会階層による囲い込みが出てきた時代です。
そのころは、労働のキツさを賃金が評価するという真っ当なやり方がなくなりました。車夫なども安くこき使われ、神田の車夫向けの屋台も、手の込んだものを安く出さざるを得ない時代でした。
この傾向は、タクシー運転手の所得を考えればわかりますが、現在まで続いています。
しかし、今のもつ焼きや煮込みもそのころのものですから、想像がつきますが、
さぞかしうまかったと思います。

それ以降は、
1 化学調味料の普及
2 糊料の発達
3 魚の高騰(特にクジラとタコ)
4 小魚を卸す人が少なくなった
により、おでんも、輸入のすり身に添加物を盛った、インチキが普通になりました。

竹輪など一つの種の原価が数百円もする、おでんを作ろうというもの好きはともかく、今、うまいおでんを食べられる人は、釣り人であり、大量に採れた魚を自分で調理する人です。

私も遊びで高い原価を掛けて作ろうとしたことがありますが、
もう、作れません。
さつま揚げにしても竹輪にしても塩分は2%。スープでも飲んだ日には、あっという間に、一日目標の6gになってしまうからです。

作り方は、塩や醤油など塩分を入れ味醂などで味を付けた白身を、フードプロセッサーにかけて揚げるだけ。簡単ですし、ニンジンなどの種を入れて工夫もできるから、楽しいのですが。


“おでんはごはんのおかずか”長年の論争に一石
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=84&from=diary&id=5730893
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