病院医師の定年は60歳、ワシが体力の限界を感じて辞めたのは46歳のとき。
当時年間の分娩数は300超えないくらいだったが、医師数3人。
しかも部長は持病で夜間当番できない状態だった。
がんばったけど、このままだと「自分が過労死」「医療ミスで患者が死ぬ」か
「このふたつが同時に起きる」がいつあってもおかしくない状態だった。
医局に体力の限界を理由に辞職を申し出たら
「今君がやめてもだれも出せない」と脅迫された。
他の人間が過労死してもいいのか?という意味だと思ったが
自分が死んでは何にもならないので「何をどう言われてもやめます」と言った。
さすがにバイトを出して3人は確保したようだが、
その3年後に大震災で周囲の病院が全滅、
残っていた上司も震災を乗り切ったあとで辞職し、今は常勤医が5人いる。
もしあのとき震災がなく、お産をとってた周囲の中小病院や
開業医さんが残っていたら、もと勤務先はこの記事の病院と
同じ運命をたどっていた可能性がある。
医師数が限られている、足りないからといって「今すぐ使える医師」は促成栽培できない。
そして医師それぞれ、ひとりひとりは別個の人間で、
体力も違えば家庭の事情も違えば、将棋の駒のように動かすことはできない。
どこでも人は不足しているのだから、わざわざ厳しい条件の職場に残る必要はない。
研修医は全国規模で研修病院を選ぶのだから、
医局への恩義がどうのこうの、などという考え方はどんどん薄れていく。
職場は、最終的には人間関係の魅力だと思う。
働きやすい、自分が受け入れてもらえる職場なら、長く勤務したい。
ワシは、もと職場の風土が気に入ったから故郷でなくここで開業した。
もしもと勤務先に、5人の常勤医がいたら、辞めなかったと思う。
非常勤にしてくれ、くらいは言ったかもしれないけど。
医師急死で出産対応態勢取れず
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5618194
ログインしてコメントを確認・投稿する