「紀」とは、歴史書のことですが、日本では独特のニュアンスを持ちます。
天武天皇の勅令により編集された、事実上の皇統譜だという意見も多い「帝紀」や、成立過程に諸説あるが勅令を元にした「日本書紀」や、「続日本紀」などです。
「項羽本記」のような、編年体で書けば「紀」になるというのは中国の話であり、そうはいっても、官選に準じた、あるいは、「四書五庫全書」という形で後に官選される非常にオーソドックスな歴史書になります。
そもそも、百田の思想信条からすれば、『まことのやまと』『あきつしまのかたり』『すめらみくにのふるごと』などとするべきです。
たとえば、私が聖書学者で、新しいイエス像を考えたとして、
『やっちゃんによる福音書』という題名の本を書くでしょうか?
佛教思想家であり、新た佛教解釈を達成できたとして、その本の名前を『やっちゃん経』にするはずがありません。
聞けば歴史書の形をとっているのに、文献的根拠が明らかになってないとか。
ガンを専門とするお医者さんは、創価の信者でもない限り、『法華経の功徳でガンが消えた』という本が本屋にあっても、手に取ろうともしないでしょう。
同様に、私も立ち読みすら時間の無駄だと考えます。
断っておきますが、
いわゆる「右」だの「左」だのではなく、良識の問題としてです。
※ 論外の書き込みは、粛々と消去しますので、悪しからずご了承ください。
■百田尚樹『日本国紀』は世紀の名作かトンデモ本か
(Business Journal - 01月20日 21:12)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=175&from=diary&id=5464265
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