「縮景園」からさらに西へ15分歩いて「広島城」を見学した。
「広島城」は毛利輝元が太田川河口のデルタ地帯に築いた平城で、江戸時代で広島藩42万6000石の太守浅野家12代の居城となっている。
天守を始め、5重と3重の大小天守群以下、櫓88基による城郭建築があったと言う。
しかし、残念ながら太平洋戦争末期、アメリカ軍の原子爆弾投下によって倒壊した。
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「裏御門跡」
広島駅からの城郭入口は東側から入城する事になる。
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「天守閣」
現在見られる城内の天守以下城郭建築はすべて1958年以降に再建され、天守は鉄筋コンクリート構造による外観復元天守である。
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「金箔鯱瓦、金箔鬼板瓦」
天守閣の南東400mほど離れた武家屋敷の井戸から出土。
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第5層の最上階内部
ここから廻廊式の廊下により広島市内を眺望できる。
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内堀を始め、RCC中国放送のタワー、裁判所、美術館、総合体育館等が見える。
さて、実は「広島城」を40数年前に見学した事があるが、その頃の内部は昆虫等の標本を展示していた。
しかし、現在は「二の丸」も復元され、風情がかなり変わっている。
つづく
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