昨日は仕事で広島に訪れたのでついでにプチ観光です。
広島駅から西へ歩いて13分で到着する。
ここは名勝「縮景園」(しゅっけいえん)です。
初代広島藩主・浅野長晟(あさのながあきら)が広島城に入城した翌年の元和6年(1620年)に別邸の庭として築庭。
これ以後、改修が重ねられ、7代藩主・浅野重晟(あさのしげあきら)が天明3年〜4年にかけての大改修により現在に残る景観になる。
広大な池を中心に造形した池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)の大名庭園です。
↑(TOP左画像)
「濯纓池」(たくえいけ)
広さ8000�屐∈膿蕊遙�.2m。
京橋川から満潮時に取り込むように造られており、上流からの真水と海水が混ざり合って流れ込むため、水質は汽水になっている。
このため鯉とボラ、スズキ、チヌが一緒にいると言う。
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手前から映波橋、昇仙橋、望春橋。
幅が狭くて手摺が無いので渡ると少しコワイ。
↑(TOP右画像)
「島嶼」(とうしょ)
濯纓池(たくえいけ)には大小14個の島が浮かんでいる。
長寿を祈願し鶴と亀をかたどっている。
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「跨虹橋」(ここうきょう)
長さ24.88m、幅1.99mで御影石の太鼓橋。
「濯纓池」(たくえいけ)を中央で南北に結び、地上と天上を結ぶ虹のように構築され縮景園を代表する名橋です。
ちなみに園内には8木造橋、7石造橋、2土橋の全17橋梁がある。
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原爆投下により無残な姿になった縮景園。
しかし、「跨虹橋」(ここうきょう)は破壊を免れている。
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左:「明月亭」(めいげつてい)
庭園にふさわしい数寄屋造りで屋根は茅葺き(かやぶき)、庇は杮葺き(こけらぶき)。
月を鑑賞する場所から命名。
昭和49年(1974年)復元。
右:「夕照庵」(せきしょうあん)
屋根は茅葺き。
面積は約8�屬涼禺次�
ここより見る秋の夕日に映える紅葉は大変美しい。
昭和45年(1970年)に復元。
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「清風館」(せいふうかん)
庭園のほぼ中央に位置し、数寄屋造りで杮葺き、西側は書院造りの様式をそなえている。
面積は176�屬脳赦贈械糠�(1964年)に復元。
さて、広島中心部に位置する名園ではあるが、背景に高層ビルがどうしても映り込んでしまう。
この辺りの事情は高さ規制をしている岡山の大名庭園「後楽園」とは異なる。
次は「広島城」へ行ってみよう。
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