閉鎖病棟に入れるという判断は、精神科医によるものでしょうが、その判断が正しいという保証はありません。
宮崎勤の精神鑑定などをみると、精神科は発展途上の学問だという気がします。別に精神医学者を批判しているのではありません。経済と同じです。日経に乗っている名だたる経済学者の予想が当たらないのを、数学や物理などと比較して、どうの…と批判できるわけがありません。
携帯を持参できるようにすると、凶器になる、公衆電話のコードで首つりをするなどの批判はあるでしょう。しかし、そうならないような機器を作ればいいだけです。納得出来る議論では、全くありません。
人は、黙っていると人権侵害をします。
性善説に立つのは、間違いです。
まるで、警察は悪いことはしない
という意見と同じではないでしょうか。
似た例でいうと、広い意味での同業者に、学生を殴ったという人を何人か知っています。そういう人が少数派なのは、主義として暴力は振るわないという人も多いですが、そうでない人も、首になりたくないから、「ばれたらマズい」と考えるからです。
割合は、七対三くらいでしょうか。
三割の教育者がいる限り、抑止力は、他人が見ているから、問題になるから…しかありません。
教育という大義名分があるから、路上で犯罪を犯さないというのとは、全然違うでしょうね。
その生徒を殴ったという人は、全員、およそ犯罪とは縁がない、いい意味での常識人です。
だからこそ、見張っていないといけません。
(私は、「愛の鞭」などという、吐き気がするほどダサい名分には、到底、与(く)みしませんから、見ていなくても暴力は振いません。)
精神科のスタッフも、医療という大義名分があります。
だから、その人によりけりですが、見張る、チェックするというシステムが絶対に必要です。
また、
本質的に、閉鎖病棟での拘束はやむを得ないとしても、
電話をとりあげる、看護師の目の前で電話させる
というのは、人権侵害以外の名のものでもありません。
■精神科閉鎖病棟、公衆電話なし139棟 厚労省告示違反
(朝日新聞デジタル - 06月14日 10:55)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5155029
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