先週から仕事で米子に訪れている。
その合間に近所を散策してみたので、米子の町並みを色々と紹介したい。
さて、米子の町は約400年前に宍道湖の中海に面した湊山の山頂に米子城が完成。
その際に全国から職人や商人が呼び寄され「城下十八町」と言われる町並みが形成されている。
今回は城下町風景が今も残されている旧加茂川沿いの白壁土蔵群の風景をお見せしよう。
・左画像
加茂川は鳥取・島根県境の鷲頭山(わしがしらやま)から米子市南部の田園地帯を流れて市街地に入り、米子城の外堀と合流している。
この地点は僅か10kmの小河川であるが、大正時代初期まで積荷を運ぶ舟が往来していた。
各所に残る土蔵も、とりわけこの河口付近に数が多い。
・中画像
石垣の間に造られた石段は、荷揚場の名残である。
洗い物をするので「洗い場」とよぱれている。
・右画像
海産物や綿など、海運に関係の深い大問屋が集まっており、これらの土蔵を眺めると当時の栄えた米子の城下町が目に浮かぷようである。
つづく
ログインしてコメントを確認・投稿する