今日のニュースを見ていたら、
岡山県高梁市の国史跡・備中松山城跡の貯水池「大池」が、
城郭にある貯水池としては
国内最大とみられることが分かったとの記事に目が行きました。
この貯水池は、城よりも10m高い標高約440mにあり、
縦10m、横23m、深さ4.3mの総石垣造りで、最大990㎥の水を溜められるとの事です。
用途など不明ですが、江戸時代の工法が使われ、何度か修復されていて、
排水施設もあるようです。
備中松山城は、現存12天守の1つで、その中でも最も高い場所にあります。
僕は、ここに行った事があります。
多分、1983年(昭和58年)の事だったと思います。
出張の帰りに岡山市に1泊して、伯備線で高梁市に行きました。
高梁市は、江戸時代には備中松山と呼ばれ、幕末は板倉家の城下町でした。
幕末に優れた民生家の山田方谷が現れ、農民出身ながら家老職相当の地位まで昇り、
板倉家の財政を立て直し、藩主板倉勝静が老中として幕府で活躍するのを支えました。
伯備線で備中高梁から3つ目の駅に「方谷」と言う駅がありますが、
彼の名前からとったもので、駅名に人名が使われているのは珍しい事です。
方谷の所に、越後長岡藩の重臣河井継之介が寄宿して教えを受けた事があります。
継之介は、戊辰戦争の際に、幕府にも新政府にも付かない中立を画策して、
結果的に北越戦争を惹起した人物です。
学生時代に司馬遼太郎の小説「峠」を読んで以来、僕の好きな人物の一人ですが、
継之介も方谷も陽明学徒として有名です。
そんな事から、備中松山城に行ってみようと思い立った訳です。
城にはかなりの山道を登らなければなりません、かなり大変でした。
そして、着いた天守閣が質素だった覚えがあります。
4・5年ほど前、方谷をNHKの大河ドラマの主人公にしようとの運動があり、
岡山県出身の人に署名を求められた事がありますが、今どうなっているか分かりません。
この高梁市を歩いていた時、妙な既視感(デジャヴ)に襲われました。
高梁市に行ったのは最初でしたから、その時には全く分かりませんでした。
それからしばらくして、古い「寅さん」の映画を観て分かりました。
寅さんの妹さくらの旦那さん、ヒロシ(前田吟さんがやっています。)の
父親(志村喬が演じていました。)が住んでいた町が高梁市で、
寅さんがそこを訪ねた作品があったのでした。
備中松山城の貯水池のニュースから、高梁市の事を思い出しました。
高梁市は良い街です。
また行きたいと思っていますが、果たして行けるかどうか。
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