「大麻比古神社」の境内には歴史的な文化財が保存されているので紹介しよう。
第一次大戦でドイツの租借地であった青島(チンタオ)を攻撃した際に捕虜となったドイツ兵を板東俘虜収容所で収監。
捕虜生活を過ごしたドイツ兵が地域との自由な交流の中で地元への感謝の気持ちを込め、母国の優れた土木技術を生かし、大正6年6月から大正8年6月までに十の橋を構築。
また、その当時、大麻比古神社境内はドイツ人捕虜たちの散策に利用されており、神社境内に造った最後の石橋が今では日独両国の友情の架け橋として保存されていると言う。
・TOP左画像
「眼鏡橋」
この池は「心願の鏡池」と命名されている。
・TOP中、右画像
「ドイツ橋」
全長9m、全幅2.1m、高さ3.2m
総重量195トンの石積アーチ橋。
徳島県文化財史跡指定、日本百名橋、とくしま88景に選定されている。
ちなみに、現在は保存のため、橋の上の通行は出来ない。
さて、今回の徳島観光はここで終了。
まさかドイツ兵の捕虜収容所がこの徳島にあったとは驚かされる。
なぜ、この地だったのだろう?
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