倉敷美観地区散策の続編です。
次に国重文の「大橋家住宅」を見学したので紹介しよう。
ここは美観地区から離れた場所(倉敷中央通りの西側)なので今まで尋ねる事がなかった。
http://www.ohashi-ke.com/nyukan/index.html
↑(TOP左、中画像)
「表門」
使用人の住まいの長屋を兼ねている。
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「長屋門」
主屋に通じる入口まで中程に設けている。
この造りは江戸時代の当時に武家屋敷以外では許されていない。
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「主家」
江戸時代後期に水田や塩田、金融業で財を成した大橋家が寛政8年(1796年)頃に建てた町家住宅です。
なまこ壁や倉敷窓、倉敷格子等、倉敷の豪商らしい風情が印象的で、日本情緒ある“侘び寂び”を感じさせる。
・TOP右画像
奥庭から見る主屋と井戸
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「台所」
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「大竈」(おおかまど)
このカマドは普段は使用せず、お目出たい時に振る舞う餅を作ったり、産湯を沸かす時に使用したと言う。
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「流し台」
一枚岩をくり抜いて加工した豊島石(凝灰岩)です。
豊島(てしま)とは瀬戸内海の島のひとつ。
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座敷各所
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「坪庭」
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「書斎」
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「内蔵」と「金庫」
類焼を防ぐために別棟として作られた蔵で主屋と接続されており、防犯と利便性も考慮されている。
さらに驚く事に床下には砂場があり、その砂を掘ると石棺が収められ、中には3つの備前焼の大きな壺がある。
大橋家の財産をいかなる大火にも耐えるように備えている。
また、金庫の鍵はからくり式の箪笥になっている。
次回は「米蔵」内部を紹介したい。
つづく
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