もっとも大切なことが抜けている法案など、審議するに値しない。
福島第一事故のもっとも大切な教訓は何だったのか。
「 原 子 力 施 設 は 停 止 し て い て も 安 全 で は な い 」
4号炉の事故とその経過を見れば、あきらかであり、決して忘れてはいけない。
危険なのは「稼働中の原子炉」ではない。「そこにある核燃料」だ。
さらには事故の本質も見ていない条項がある。
>商用発電用原子炉の運転は、原子力以外のエネルギー源を最大限に活用してもなお電気の安定供給の確保に支障が生ずる場合で、かつ有効に機能する地域防災計画が作成されている場合に限る
原子力発電の基本中の基本である「急には発電開始できず、急に止めることもできず、出力調整も困難」を無視し、普段使い慣れていない複雑な巨大施設を非常時にどうやって安全に稼働させるか、という大問題は「事業者任せ」で自分たちは責任を負わない、と言っているわけだ。
福島第一事故でより正しい対応は日本政府が「現場の措置は事業者と日本が誇る原子力企業の協力に期待し、任せるが、責任は日本政府が負う。国民への事故関連の説明は専門家でもある原子力安全委員会に一任する。日本政府は全力をあげて国民の安全確保を行う」ぐらいは宣言し、事業者と協力体制をしいてあたるべきだった。と私は考えている。
日本にある核燃料の安全についての記述もない。いちばん大切なのはそこではないのか?
これまで日本国は使用済み核燃料に含まれるものも含め、すべて平和的に発電に利用するという協定・条約を各国と結んでいる。そこに齟齬をきたす法律を作れば、今の韓国と同じで「約束をまもらない国」と言われるだろう。ましてや「近視条約」で大騒ぎされた直後である。
現在の日本には大量の核燃料があり、その大半はウラン238という20億年以上の半減期をもつ放射性同位体である。使用済み核燃料が「何万年も放射線を出すから危険だ!」という人は20億年以上放射線を出し続ける、もっとも量の多い危険物を無視しているわけだ。
まだまだ文句をいいたい条項だらけだ。
こんな法案を日本人は決して認めてはいけない。少なくとも私は反対する。
■立憲民主「原発ゼロ」骨子案、再稼働は非常時以外認めず
(朝日新聞デジタル - 01月02日 20:34)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4929011
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