今日は同居人の3回目の祥月命日です。
彼女が旅立ってから、早いもので3年になりました。
一昨年は一周忌、昨年は三回忌でしたので、
息子達が集まる機会がありました。
今年はどうしようかと思ったのですが、
一人で墓参りしても、彼女は喜ばないかと思い、
息子達に、昨日の日曜日に来られるかどうか、声を掛けてみました。
日帰りならば何とかなるとの事なので、
息子達と同居人の姉を加えて4人で墓参りをして来ました。
長男が、1時間も遅刻して来たので、あたふたしましたが、
何とか無事に墓参りが出来、
その後彼女が好きだったフランス料理店に行って、
色々な思い出を話しながら、美味しい料理をお腹一杯食べて来ました。
同居人の実家は商売をやっていたので、
息子達を生んだ後の間しばらくは、義姉の所で厄介になっていました。
長男の出産のために家を建てるのを急いだと昨日聞きました。
そう言えば、建前に呼ばれた時、彼女のお腹は大きかったと思い出しました。
次男の時は、2歳になった長男も一緒だったので、
義姉も感慨深いものがあったと思います。
今日は、買い物もあったので、
午前中、彼女がパートで働いていたデパートに行って来ました。
売り場の陰から彼女が出て来るような気がしてなりませんでした。
ついでに宝くじも買って来ました。
デパートで働く前、やはりパートで、宝くじの販売もやっていて、
その時の友達とは、最期まで付き合っていました。
生前は、当たりませんでしたが、
仏になったのですからその法力で、今度こそ当てて欲しいと思います。
お昼を食べた後、彼女の実家のあった辺りを散歩して来ました。
店も終い、土地も処分してしまいましたし、大きな開発もあったので、
以前の面影はほとんどありませんが、
それでも僅かに残る建物などを見ながら、感慨にひたって来ました。
古代の中国の殷周の時代には、親の服喪期間は3年とされて来ました。
孔子の時代から、それは長過ぎると言う人もいて、
そのやり取りは論語に載っています。
また、論語には下記のような言葉があります。
「子曰わく、父在せば其の志しを観、父没すれば其の行いを観る。
三年父の道を改むること無きを、孝と謂うべし。」
もちろん、同居人は僕の父親ではありませんが、
何となくこの言葉が頭の中にあって、
なるべく彼女と同じやり方で家事などやって来ました。
今後も基本的にはそんな感じかと思いますが、
少しは僕なりの工夫も加えてやって行こうかと思っています。
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