mixiユーザー(id:12410478)

2017年12月18日10:38

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言葉に置き換え、意味を見出すという病。

私たちは、事件があると、言葉に置き換え、意味を見出しています。

そこが、躓(つまづ)きの原因です。

たとえば、ナイフで心臓を刺す、毒を飲ませる、ピストルで撃つ…は、殺人と置き換えることが出来ますが、人間のすべての行為について、言語による置き換えはできません。

余談ですが、学部生のころ、
「愛」「共感」などと置き換えると、作品の個別性は無効化される。従って、文芸評論や文学研究は、無意味どころか有害ではないか…と思ったことがあり、それを思い出します。

この行為を、自殺と呼ぶには、ためらいがあります。

反対の行為を考えればわかることです。
私のパソコンの周りには、昨日のビールの缶と、塩分が強い摘みの缶がまだ転がっていますが、
死に近づくことが、全ていけないなら、私などは晩酌を止めないといけません。

給食センターから、栄養バランスがいい食事を取り寄せて食べて、人民服みたいな健康にいいい服をみんなで着る。
国民全員が、禁酒禁煙
もちろん、車も、登山や水泳など危険なスポーツは一切禁止…
という社会を肯定できれば、この「飲食拒否」を否定してもいいでしょう。
(その場合、生命が絶対的に尊い。人生観による個人差は存在しない。社会は特定の人生観を個人に強制するべきであるという思想が必要です。)

しかし、そうでないなら、「飲食拒否」は、外部の人間がとやかく言うことではないと思います。

首を吊って死ぬ
薬で安楽死する
飲食拒否

これらは、絶対に互いに違います。自殺や治療拒否であると短絡して考えるのは、早計でしょう。

酒を飲み過ぎることが、直ちに緩慢な自殺と言えないのと同じです。



■死早める「飲食拒否」の終末期患者、専門医の3割が診察
(朝日新聞デジタル - 12月17日 10:23)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4907466
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