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2017年12月15日10:21

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阿蘇噴火も怖いけれども、畿内大地震も恐ろしい。政府は、天災対策をやる気が、端からない。

フクシマを振り返りましょう。

https://matome.naver.jp/odai/2139169016828098101
にまとめられているように、共産党の吉井議員が今日の惨事を予言しています。
(断っておきますが、ぼくの支持政党は、共産党でも新左翼でもありません。)

吉井議員の質問は、国会での正式な質問です。
大日本憂國青年團や、マル革同狭山派の街頭演説ならとっもかく。
スルーした上、「想定外」と強弁するとは!

政府には当事者能力がありません。

また、
日本は、地震国と呼ばれますが、
最も恐ろしいのは、いつ、どこで地震が発生するかわからない…というところです。

ですから、フクシマと同じことが起きることを前提にして考えなければなりません。

その上、現在、原発が建っている場所は、わざと危険な場所を選んでいるのでは…と疑われかねない場所です。

そのうち、記録が残りやすい近畿は、M7程度以上の大地震に限定しても、

701年 大宝地震
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AE%9D%E5%9C%B0%E9%9C%87
14kmも内陸まで、津波が押し寄せました。

734年 畿内七道地震
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%BF%E5%86%85%E4%B8%83%E9%81%93%E5%9C%B0%E9%9C%87

868年 播磨国地震
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%92%AD%E7%A3%A8%E5%9B%BD%E5%9C%B0%E9%9C%87

1185年 文治地震
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E6%B2%BB%E5%9C%B0%E9%9C%87
京都の民家は壊滅しました。

1520年 永正地震

1586年 天正地震
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%AD%A3%E5%9C%B0%E9%9C%87
若狭湾の市街地は、壊滅です…
敦賀市、小浜市の市街地の住宅は、悉く津波に呑まれ、一掃されました。

1662年 寛文 近江若狭地震
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%9B%E6%96%87%E8%BF%91%E6%B1%9F%E3%83%BB%E8%8B%A5%E7%8B%AD%E5%9C%B0%E9%9C%87


……この辺でやめておきますが、畿内や若狭湾は、地震が定期的に来る場所です。
なぜ、若狭湾に原発を作っているかというと、
電力の大消費地の大阪周辺に近い、原発に必要不可欠な、水が大量に得られるというご都合主義的な理由に過ぎません。

『方丈記』には、次のような記録があります。

また同じころとかよ、おびただしく大地震(おおない)ふること侍りき。そのさま世の常ならず、山は崩れて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土裂けて水湧き出で、巌(いわお)割れて谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ船は波にただよひ、道行く馬は足の立ち処(ど)を惑はす。都のほとりには、在々所々堂舎塔廟ひとつとして全からず、或は崩れ或は倒れぬ。塵灰たちのぼりて、盛りなる煙のごとし。
地の動き、家の破るる音、雷(いかづち)に異ならず。家の内にをれば忽にひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。竜ならばや雲にも乗らむ。恐れのなかに恐るべかりけるはただ地震(ない)なりけりとこそ覚え侍りしか。かくおびただしくふることは、しばしにて止みにしかども、その名残しばしは絶えず、世の常驚くほどの地震、二三十度ふらぬ日はなし。十日二十日過ぎにしかば、やうやう間遠になりて、或は四五度、二三度、もしは一日まぜ、二三日に一度など、おほかたその名残三月ばかりや侍りけむ。
四大種のなかに、水火風は常に害をなせど、大地にいたりては、異なる変をなさず。昔、斉衡(さいこう)のころとか、大地震(おおない)ふりて、東大寺の仏の御首(みぐし)落ちなど、いみじき事ども侍りけれど、なほこのたびにはしかずとぞ。すなはちは人みなあぢきなき事を述べて、いささか心の濁りもうすらぐと見えしかど、月日かさなり、年経にし後は、ことばにかけて言ひ出づる人だになし。

訳
また同じころであったであろうか、たいそう大きな地震が起こったことがあった。その様子は世のいつもの様子とはまるで違い、山は崩れて河を埋め、海は傾いて陸地に押し寄せた。
土は裂けて水が湧き出て、岩石が割れて谷に転がり入った。なぎさを漕いでいる舟は波の上にただよい、道行く馬はどこに足を立てていいかもわからないほどであった。
都の郊外には、あちこちの寺の堂や塔が一つとして被害を受けなかったものはなく、あるいは崩れあるいは倒れた。
塵灰が立ち上って、盛んな煙のようである。地が動き家の壊れる音はまるで雷の音と変わらない。家の中にいればすぐにつぶされそうになる。
走り出れば、地面が割れ裂ける。羽が無いので空を飛ぶこともできない。竜であれば雲にも乗れよう。しかし人間はどうにもならない。恐れるべきものの中でも恐るべきものは、ただ地震であると、本当に思い知らされたことだった。
このようにひどく揺れることはちょっとの間で止んだけれど、その名残はしばらく絶えず、いつもなら驚くくらいの地震が、一日二三十度揺れない日は無い。
十日二十日過ぎると、やっと(余震は)間遠になって、あるいは四五度、ニ三度、もしくは一日おいて、二三日に一回など、だいたいその名残りは三か月ぐらいであったろうか。
地・水・火・風の四大種の中に、水火風は害をなすけれど、大地だけは、別段害をなさなかったのに。昔、文徳天皇の斉衡年間のころとか、大地震がおこって、東大寺の大仏の御首が落ちたことなど、たいへんな事が多くあったけれど、それでも今回の地震よりはひどくないということだ。
直後は人はみな浮世の非情を述べて、少し心の濁りも薄らぐかと見えたものの、月日がかさなり、年が経った後は、そんなことは言葉にして言う人すらない。

なにせ、メジャー中のメジャーの、『方丈記』です。
もちろん、文庫になっていて簡単に手に入るどころか、検定済み教科書にも載っているものです。

それをスルーして、原発を建てるのですから、
本当にどうしようもありません。

畿内の大地震は、想定内どころか、今後百年以上のスパンで考えたら、起こらない方がおかしいくらいです。




■四国電に想定外の衝撃=燃料費年420億円増−伊方原発の運転中止
(時事通信社 - 12月13日 21:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=4902642
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