既にニュースなどでご存知の方も多いと思いますが、
20日に天皇皇后両陛下は、埼玉県日高市の高麗(こま)神社を参拝されました。
高麗神社は、朝鮮半島の王国・高句麗の王族で、来日中の668年に母国が滅亡し、
今の東京都・埼玉県西部にまたがる高麗郡長になった
渡来人高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)を祀っています。
この「王」は姓で、『続日本紀』文武天皇大宝3年(703年)に
「従五位下高麗若光に王の姓を賜う」と記されています。
今から3年ほど前になりますが、
宇都宮市内で開かれたある催しで、この高麗神社の宮司さんと会い、
名刺を交換した事があります。
宮司さんのお名前は既に報道されていますが、高麗文康さんです。
名刺を頂いて、高麗神社の高麗さんですから、ペンネームのようなものかと思いましたが、
本名との事でした。
神社の名前と宮司さんのお名前が同じと言うのも、かなり珍しい事だと思います。
ニュースを見た後で調べてみたら、
高麗神社は、祭神の若光の子孫が代々宮司を務め、現宮司は60代目に当たるとの事です。
そんな事から、行ってみたい神社の1つでしたが、陛下に先を越されてしまいました^^
社伝によりますと、若光は元正天皇霊亀2年(716年)
武蔵国に新設された高麗郡の首長として赴任しました。
当時の高麗郡は未開の原野であったといわれていて、
若光は、駿河国から下野国の各地から移り住んだ高麗人(高句麗人)1799人とともに
当地の開拓に当たったとの事です。
若光が当地で没した後、高麗郡民はその徳を偲び、
御霊を「高麗明神」として祀った事が、高麗神社創建の経緯との事です。
日本の人口の推移を見ると、
また、弥生から古墳時代にかけて急激に増加しています。
一般的には、稲作農耕が定着したからと言われていますが、
一般の農耕社会の人口増加率(年率0.1〜0.2%)では説明できず、
弥生時代から奈良時代の初めにかけての1000年間に、
100万人から300万人規模の渡来人の流入があったはずだ、
とする大量渡来説を唱える学者もいます。
この規模については、色々な議論もありますが、
とにかく、多くの人々が朝鮮半島などから渡って来た事は間違いないところです。
陛下がどうして今回高麗神社を参拝されたのかが気になっています。
日高の彼岸花をご覧になっていますので、
そのついでだったのかも知れませんが、
僕は、ヘイトスピーチなどの嫌韓の風潮にお心を痛められ、
日本と韓国の交流が昔から続いて来た事を
お示しになろうとしたのではないかと思います。
あるいは、希望されて来た韓国訪問の実現が難しい中で、
その代わりとのお気持ちなのかも知れません。
韓国の主要マスコミは、
「私的な旅行の一環だが、歴代日王(天皇)で初めて」と
写真付きで詳しく報じたとの事です。
日韓交流にとって、とても意義のある参拝だったと思います。
ログインしてコメントを確認・投稿する