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2017年08月16日01:21

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四国遠征−53/今治城の「山里櫓」

「今治城」見学の4回目。
次に城郭西側を見てみよう。

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「山里門」の高麗門
「三の丸」へ入る西の入口になる。
実はこの日は大手口ではなく、ここから城内に行った。

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ここから天守が見えるが、本来は「本丸」の北隅櫓が存在していた場所。

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「山里門」
高麗門をくぐると右に回り込み、櫓門まで急勾配の坂道になる。
この配置も中々攻めにくい形になる。

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今治城の石垣は色々な種類の岩石が積まれている。
いったいとうしてだろうか?
調べてみると・・面白い逸話があった。

築城の際には砂浜に巨大な城を作るため材料が足らず、近隣の国分城、来島城、拝志城等を破壊してその資材を活用したと言われる。
しかし、不足する石材確保の手段として、築城奉行の渡辺勘兵衛は領地一帯に立て札で告知する。
「船一杯の石材を運びたるものには同等の米を与える」としてお米と交換した。
船頭たちは競って石材を船に山積みにして運んたが、藩にはそんなに米の準備は無い。
そこで勘兵衛は「石材はもういらない。持って帰れ」と言って船頭たちを追い返す。
船頭たちは無意味になった石を持って帰る事なく浜辺に置いて帰った。
捨てられたこの石を拾って城の石垣を完成させたと言う。

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↑(TOP左画像)
「山里櫓」
「三の丸」の西隅櫓になる。
平成2年(1990年)に再建。
こちらも半間窓の真横に鉄砲狭間が設けられている。

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「山里櫓」内部
こちらも木造で復元。
内部は古美術館として鎧や兜、屏風、掛け軸、各種調度品等が展示されている。

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天守から見下ろす「山里櫓」
隅櫓の「山里櫓」は「山里門と「多聞櫓」でL型に繫がっている事がよく分かる。
また、広大な内堀の奥には今治市街地と今治港が見える。

・TOP右画像
「山里門」の入口に変わった金属製のオブジェを見つけた。
これはいったい何なのか、お分かりだろうか?
正解はサイクルスタンドです。
どうやって載せるのか?
両手の手先にハンドルを載せて、左足の下に車体をもぐりこませるようだ。
しかし、この1カ所しかないので実用化が目的ではないかもしれない。

つづく
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