もともとの仏教と浄土真宗は別のものだと考えた方がいいのは事実。
浄土真宗の中心となるのが「阿弥陀仏」。すべての生きとし生けるものが成仏するまで、自分は成仏しない、という誓いを立てた(ある意味自己矛盾を含んだ)仏様である。その阿弥陀仏の慈悲にすがって、阿弥陀仏の名を呼ぶことで極楽浄土へ連れていってもらおうというものだ。だから、極楽浄土は目的地ではない。あくまで修行の場である。
つまり、阿弥陀仏は、デーモン閣下が悪魔であっても、鬼であっても、餓鬼であっても、畜生であっても、生きている「もの」である以上、デーモン閣下も解脱し、仏になってもらわないと成仏できない運命にある・・・
私もいくつかの宗教書を読んでみた。聖書、コーランなども。
自分が苦しんでいる原因を「原罪」に求めたり、神の意思に求めたりするのは、なんとなく納得しにくいところがあった。
結局、納得して帰依できる「宗教」は仏教だった。
今は浄土真宗の「しきたりのない」ところに戸惑っているのだが・・・ご本尊が阿弥陀仏である以上、仕方ないのかもしれないな〜。
門前にデーモン閣下のお言葉を掲げるお寺が話題に → お寺が悪魔の言葉を掲示してもいいのか聞いてみた
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=4582879
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