私は、アカハラといえるものは、受けていません。
ですから、この話題について、何かを言うという資格がないと思いますが…
大学院というところの、独特の大変さは、経験者ですから、語らせてください。
今では、恩師にとても感謝しております。
感謝している恩師のご芳名を記させていただきます。
主査 小森陽一先生
副査 東郷克美先生
専修分野が異なる、副査 故伊藤博之先生
その他、学恩をかたじけのうした、
秋月龍��先生、杤尾武先生。服部幸雄先生。
しかし、先、「今では」と書いた通り、大学院生のころは、大変でした。
大学院というところは、
1 人数の少ないが、密な場である。
2 教授が研究をリードするところ。
3 学生のつらさと社会人のつらさの両面があるところ。
1で言うと、世界観が違っていたのが、苦しかったです。
私は、mixiでこそ、(いわゆる)「左翼的」な発言をしていますが、達成や行為とは別に、魂があるという考え方です。
2で言うと、
東郷先生も、小森先生も、文字通り日本指折りの大教授。
東郷先生は、日本近代文学会会長もおつとめになりました。業績といい、御人柄といい、先生は学会のトップにふさわしい方と、お喜び申し上げます。
当時、失敗した…と思ったのは、お二人が、余りにも偉大すぎるという点です。今となっては、贅沢かつ非常に身勝手な言い分です。
しかし、当時は、自分の意見を満足に言えなかった。圧し潰された感がありました。もちろん、非力だからこそ、勝手につぶれたのですが。
…それだけに、問題提起の仕方、モノの言い方、自分のフィールドの作り方は、とても勉強になりました。人の文脈に巻き込まれてはダメですが、二項対立的に、拒否してもダメ。
一生の財産ですね。
苦しんだからこその、財産だと思います。
3で言うと、
学生だから、半人前。
一応、大学院生だから、責任があると。
その責任を果たし、褒められたのは、学会の懇親会の酒の仕切りくらいですね。
「被害者」の方には、
過ぎ去ってみれば、どうってことはない。
と、申し上げたいです。
何ごとも、その状況を必死になって切り抜けるときは、何もわかりません。
後からから、わかるものだと思います。
…あの時、間違いなく、自分は純粋な形で生きていたのだと思います。
是非、新しいステップを踏んでいただきたいと思います。
■学生に「お前は病気だ」 名大准教授をアカハラで処分
(朝日新聞デジタル - 04月24日 19:18)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4543136
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