1948年の国会決議はここ>
http://kohoken.chobi.net/cgi-bin/folio.cgi?index=lb2&query=/lib2/19480619a.txt から参照させていただいた。
いちばん重要な本文は以下のとおり。
民主平和國家として世界史的建設途上にあるわが國の現実は、その精神内容において未だ決定的な民主化を確認するを得ないのは遺憾である。これが徹底に最も緊要なことは教育基本法に則り、教育の革新と振興とをはかることにある。しかるに既に過去の文書となつている教育勅語並びに陸海軍軍人に賜りたる勅諭その他の教育に関する諾詔勅が、今日もなお國民道徳の指導原理としての性格を持続しているかの如く誤解されるのは、從來の行政上の措置が不十分であつたがためである。
思うに、これらの詔勅の根本理念が主権在君並びに神話的國体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ國際信義に対して疑点を残すもととなる。よつて憲法第九十八條の本旨に從い、ここに衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。政府は直ちにこれらの詔勅の謄本を回収し、排除の措置を完了すべきである。
日本人としてどう読んでも「教育勅語を教育の場で使ってはいけない」と読むことはできない。書かれているのは「その指導原理的性格を認めない」だけである。
指導原理として使ってはいけない、という決議を「教育の場で使ってはいけない」という欺瞞を撒き散らすのであれば、そんな連中に国会議員たる資格はない。
教育勅語においてよく問題にされている「一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ」も大日本帝国憲法に定める天皇主権であればなんの問題もない。ついでながらこの一文も普通に現代語に訳せば「大変なことがあったら、みなのために義と勇をもって立ち向かい、長く続く天皇の国を支えよう」と読める。「公=天皇」と読むのはかなり無理があるように思えるし、ましてや命を投げ出せとは書いていない。
異論はあるだろうが、私はそう考えている。
また「朕󠄁爾臣民ト俱ニ拳󠄁々服󠄁膺シテ」とあるので、天皇もその勅語を守る、と宣言していることにも留意したほうがいいだろう。
私としては高校生ならばこの程度の「日本語」は古語として読み下せるだろうし、大日本帝国憲法や当時の世界情勢についてもある程度の理解はあるはずだ。
自分で読み、解釈し、当時の日本と世界がどのようなものであったか、考えてみてほしいと思う。
教材として、これほど「勉強になる」ものはそれほど多くない。
■教育勅語活用に野党反発=「国会決議違反」と抗議
(時事通信社 - 04月04日 17:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=4511482
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