私も、二年留年しました。
もともと、就職するつもりがなかったので、四年で卒業することに意義を見出せなかったということもあります。
四年で卒業して、優をたくさんとっ就職した人は、留年しそうにないタイプの人でした。
つまり、要領がいい人です。
要領は、大切なものです。特に社会人になってからは、是非、必要な技能です。
たとえば、身近に営業の人がいますが、行き止まりの道には進まないタイプの人です。ぼくはあの真似はできません。夢を見てしまうからです。
しかし、彼のようなタイプが大半でなければ、企業も役所も回っていかないでしょうね。
ところで、
大学は、人のむき出しの本性をみれる場所ではないでしょうか。
高校では、生徒に個性があっても、むき出しの本性まではみれません。
たとえば、私の留年は結構重症でしたが、
もっと重症な女の人がいました。
話をしたなどの交流はほとんどない人です。
彼女は、八年間も在籍しましたが、
その間に、私生児を二人も産んでいます。
そのうち一人は、大学の保健室のようなところで産んだのではなかったでしょうか。
父親がハッキリせず、ということは、並行して複数の男性と交際していた。DNA鑑定でもすればわかるだろうが、倫理的観点から相手に悪い。だから、認知を求めなかったという話です。
なんとも、爽快な話です。
普通の大学生です。決して水商売のバイトをしていたなどというひとではありません。
そういう話を聞くと、
「やりまん」とか、「ふしだら」とかいうのは、簡単ですが、もっと根深く心に突き刺さるものがあります。「やりまん」を嫌うのは、男の身勝手な夢に過ぎませんし、彼女と同程度の男性関係がある人が、清純なふりをして玉の輿に乗るということは、よくあることです。
父親がわからない子がいるのは、結婚相手として問題があるとしても、女性として魅力的な人だと思いました。
留年生は、
反面教師であれ、彼女のような存在であれ、
一般の大学生の師に当たる人といったら、オーバーかもしれませんが、
彼らがいてこそ、大学という「都会」が存在するということは、間違いなく言えると思います。
「留年は破滅ではない」 京大生向けメッセージに反響 「優しい」「社会人にも共通する」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=32&from=diary&id=4247177
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