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2016年08月04日08:04

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自分とのコミュニケーション

自分にご褒美

良い言葉です。

「癒し」とは、少し違います。
自分は、自分の主人であり、従者です。
意識にあるものが世界の全てです。
ある経(一応、秘密経典なので名前はご勘弁を)は、
「須弥大海 悉是我身 瓦礫土嘖 悉是我身」と説いています。
須弥山も大会も石ころも土塊も、自分だ。
だから、自分と自分のコミュニケーションは、ある意味では、世界とのコミュニケーションに等しいと思います。

「無心」や「滅私」と言われますが、
かなりめちゃくしゃな使われ方をしています。
無心は、心に浮かぶ表象を消すことではありません。
欲望を消すという無謀な私心を抱くことでは決してありません。
無謀であり、分不相応な欲望です。
欲望は無限に湧き出ても、受け入れて、
それはそれとして捉われなくなることでしょう。

ですから、
自己愛ということもいわれますが、
Intrapersonal communication
(自分ともう一人の自分のコミュニケーション)
が適切ならば、勝手な自己肯定という肥大した状態にならないでしょう。
自分勝手な肥大した我欲は、これがない状態から生じるのではないでしょうか。
たとえば、
人が自分に、「バカ」と言ったとします。
「…あいつは、俺を親しんであんなことを言っているんだ。」
というのが、まさにこれに当たります。
それがないと、
「何だ、この野郎」といわゆる、切れるという状態になります。

さて、
そういうことは滅多にしませんが、若いころに
一度だけ、自分にご褒美をやったことがあります。
時計です。
ケースがステンレス。
針が銀(時間が経つと黒ずむ)
文字盤が、琺瑯
クロノグラフ(ストップウォッチ)の針が、エナメル。
数字が、ペンキ
時刻を表す水玉が、プラチナ(水玉だから小さい)
という変な時計です。
ほとんどの人が知らない、ETERNAというメーカーで、非常に安く買いました。

自分にご褒美を上げるのだから、露骨に、自分らしくなります。

うを(魚)水をゆくに、ゆけども水のきはなく、鳥そらをとぶに、とぶといへどもそらのきはなし。 しかあれども、うをとり、いまだむかしよりみづそらをはなれず。
道元 『正法眼蔵』「現成公案」

何をやっても、自分を自分にさせているもの、魚にとっての水、鳥にとっての空から離れられません。この場合の、水、空、とは、物質的な生存条件でもありますが、非常に抽象的な精神的な生存条件でもあるでしょう。


ご褒美貧乏に気をつけろ!
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=77&from=diary&id=4092154
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