バットマン(ベン・アフレック)は、両親の殺害現場を目撃したという過去のトラウマから犯罪者一掃に力を注ぎ、一方超人的能力を持つスーパーマン(ヘンリー・カヴィル)は、その力を人類のために惜しみなく使ってきた。だが、その破壊力の強大さゆえに、スーパーマンは人々からバッシングを受けるようになり……。(シネマトゥディより)
個人的には、スーパーヒーローはヒーローであって、常に心の指標だと思っています。なので、垣根を越えてまでヒーローたちが対決する必要はない、との考えです。どちらがどれだけ強い、とかの問題ではなくて、みな等しく強くて正しいのです。だから正義のヒーローなのです。だから、こういう設定は、そもそも悲しい。
スーパーマンは、キャプテン・アメリカと同じで、本当に正義の人(?)です。すべては私達のため。でもそれが、パワーの出過ぎでモノを壊してしまったり、なにか二次的な被害を産んでしまう・・・ここは、今公開されている「シビル・ウォー」と同じ理論ですね。つまりは、いくら悪意がないとは言っても無限にそのパワーが称賛されるものではない、ということですね。それはとてもよく理解できます。建物なんて、壊すのも高価だけど建てるのはもっと高い。万が一、自分の子供がスーパーマンが活躍したことによって死亡でもしたものなら、生涯彼を許せないでしょう。
でも、だからといってバットマンと戦う必要はありません。もちろん、バットマンとて我々のことを思ってのことでしょうが、あんなスーパーヒーロー同士が戦うと、もっと被害は大きくなるだけ。もっと他に解決の道はなかったのでしょうか。正義の賢人どうし、もっと賢明な方法があったはずです。
と、見る前から思ってました。そんな風に考えていたからでしょうか、どうにもお話に入ってゆけませんでした。本当に、街の破壊はいけないことです。でもなぁ・・・。
若きレックス・ルーサーも絡むので、よけいにまがまがしいのかもしれません。彼は大金持ちだし、知恵もある。クリプトン星のクリプトナイトさえあれば世界を支配できるって本気で思ってたのかもしれないし。
私個人的に一番感じ入ったのは「男の子にとって、やっぱり”母”っておっきな存在なのね」ってこと。もちろん父親だって大事だけれど、一番最後の砦になるのは、やっぱりママなのね。こんなに大きくて強い男の子たちなのに(笑)。
妙なところに感動した私でした。まだ来るでしょうね、続編。
あっ、そうそう。この作品で初めて「3D・MX4D」というのを経験しました。別々に料金が加算されるので、たぶん2DのMX4Dっていうのもあるのでしょうね。スクリーンの前にスモークが出たり、座席が揺れたり、風・ミストが自分にかかったり。足下からも何かが出てきて足を叩いたりします。荷物を床に置けないからという理由で100円のロッカーが備えつけられていたり。(この100円は戻ります)
でも、個人的にはサービス過剰と思いましたね。普通にジープが走っているだけのシーンでも座席が動いたりして、「そんな必要ないから」って感じでしたし、ミストがかかるとメガネが濡れるんですね。だからいちいち拭かなければならなかったり。2Dだったらいいのかもしれないけれど。私、USJのアトラクションは経験してないんでわからないですけれど、ひょっとしたら似たようなものかもしれません。
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