御津町探訪の続編です。
「金川城」に続いて、午後から「徳倉城」(とくらじょう)を城攻めした。
ここはかなり以前から県内探訪先の候補地として予定していた場所だ。
県指定史跡なので重要だ。
・TOP画像
国道53号線の宇垣から県道61号線へ
ここは金川から南西方向で岡山空港までの中間位置になる。
真正面に見える台形の山が目的の中世山城だ。
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「遠藤山」
「徳倉城」を築いた城山は標高232mの中規模山城だが、麓周辺は農地が広がっている。
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「徳倉城跡鳥瞰図」
築城時期ははっきりしていないが、戦国期は金川城主・松田氏の一族宇垣氏が代々居城としていた。
しかし、永禄11年(1568年)宇喜多直家により、金川城の松田氏が滅ぼされると、
「徳倉城」も宇喜多氏の手に落城し、宇喜多の重臣遠藤河内守が城主になる。
関ヶ原合戦で宇喜多氏が滅んだ後は、小早川秀秋が備前に入封し廃城となっている。
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「搦手登山口」
登城ルートは「搦手筋」(からめてすじ)を選んだ。
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イノシシ捕獲の檻だろう。
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山林の中を比較的緩やかな山道が続くが、徐々に険しくなる。
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この上を登るといよいよ「本丸」だ。
↑(TOP中画像)
「本丸」
主要部は山頂から北と北東の二方向に長く曲輪を連ね、南北の全長は約200m。
その最高所を占める「本丸」には石塁が至る所で観察できる。
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「本丸天守跡」に「妙見宮」が祀られている。
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当時の「本丸」には瓦葺建物が建築されていた。
瓦の破片が散乱している。
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「本丸」の東側には「二の丸」へ通じる「く」の字に折れた通路が設けられており、この大きな城壁群は「徳倉城」一番の見物だ。
山城なのに最大で高さが4mもある。
↑(TOP右画像)
「本丸東面の石垣」
自然石が主体だが、「立石」と呼ばれる大きな裏込石(うらごめいし)がアクセントになっている。
視覚的効果抜群だ。
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「徳蔵神社」
「搦手登山口」の麓に祀られており、シイノキの大木が有名なようだ。
http://www.okayama-jinjacho.or.jp/cgi-bin/jsearch.cgi?mode=detail&jcode=06072
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「大手登山口」
さて、下山したとたんに小雨が降ってきた。
何と運が良かった事か・・
しかし、「大手登山道」から「二の丸」「出丸郭」等を通らずに下山した事が非常に残念だった。
いつか再訪する機会があれば、こちらのコースを攻めてみたい。
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