久しぶりに津山市の洋学資料館を見学、感慨深い一日を過ごしました。岡山は幕末蘭学が盛んで、大阪大学医学部の祖である適塾(大阪市北浜に現存)の開設者緒方洪庵も郷里岡山出身です。津山からも続々蘭学者が出ていて、とりわけ幕末ペリーが持参したアメリカ大統領の親書を翻訳したり、ロシアの使節プチャーチンとの開国交渉にも陪席した俊英・箕作阮甫(みつくりげんぽ)は著名で、パラダ号に乗船していたロシアの作家ゴンチャロフの日本渡航記の中にも「剃髪の利発な男がワインを飲んで赤い顔をしていた」との表現があります。
大坂から出雲に抜ける要所の津山は徳川家康の直系の城もあり、江戸とのつながりが強く、文化レベルが高い土地柄でした。また、名門津山高校と倉敷の高校生であった私は柔道の試合で度々対戦し、彼らは全員白帯を締めていましたが、めっぽう強く寝技で悩まされた経験があります。
懐かしい津山を訪れストレスを大いに解消しました。
写真➊津山洋学資料館
写真❷箕作阮甫旧宅
写真❸箕作阮甫肖像
ワシリーこと岩佐毅
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