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2016年04月03日06:45

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民主党の自民党化

2011年9月の野田内閣の誕生で、民主党の「自民党化」が進みました。鳩山政権が誕生したときは、民主党の小沢一郎幹事長の肝いりで、政府と党の一体化が図られました。野田政権は、それを全面的にひっくり返し、自民党と同じような体制になってしまったのです。政党である以上、党内には、自ら政策を作るための組織があります。

自民党は政務調査会、民主党は政策調査会です。自民党が政権与党の時代、党内の政務調査会は、独自の政策を、政府に要望したり、押しつけたりしていました。この力関係は「党高政低」と呼ばれました。「東高西低」(東側に高気圧があり、西側に低気圧がある)の気圧配置になぞらえた言い方でした。

政務調査会の中には農林部会や水産部会、国土交通部会、文部科学部会などの専門部会があります、議員は、これらの部会のどれかに所属し、政策を勉強しました。という聞こえはいいのですが、議員たちは、関係のある企業や業界団体と親密な関係を築いて政治敵金を受けるようになります。彼らは、所属の部会名から「農林族」などと呼ばれていました。

これが俗にいう「族議員」です。小沢一郎、これらが気に食わなかったのです。党が外からあれこれ注文をつけたのでは政府が十分に機能しない。政権与党の議員たちは、政府の一員になって政治を動かすべきだ。これが「内閣への一本化」方針です。

この持論から、民主党が政権をとると、大量の議員を政府内に送り込み、それまで党内にあった政策調査会を廃止したのです。しかし、これは若手の民主党議員には不評でした。大臣や副大臣、政務官などになれないと、政策について意見を言う場がなくなってしまったからです。

若手議員の中には、政策づくりに関与したいと希望している人たちが多く、それができなくては議員になった意味がないと失望した人も多かったのです。「オレたちは国会で内閣提出の法案に賛成するだけの賛成要員にすぎないのか」と不満を抱いたのです。そこで菅内閣になると、政策調査会が復活しました。

党内で政策について取りまとめ、政府に要望を提出するようになったのです。ただ、この段階では、まだ政府の方が力を持ち、政策調査会は、要員を出すという程度のものでした。野田内閣になると、政策調査会の機能をさらに拡大しました。

会長に実力者である前原誠司を起用して、政府が打ち出す政策については、党の政策調査会が事前に了承を与えることになりました。これで、自民党時代と同じく「党高政低」の構造が復活しました。党内の不満を抑える点は、党内融和を優先させる野田佳彦らしい方針ということができるかも知れません。さらに「自民党化」が進められたのが、2011年9月に新設された税制調査会だったのです。

《平成28 年度総会のお知らせ》
日 時:平成28 年5 月14 日(土)午後2 時より
    なお、総会終了後、同場所にて懇親会を行ないます(3千円)
場 所:「鳥元」・上野浅草店(03-3845-6663:「山��」で予約)
交 通:JR 上野駅中央改札口を出て、左側の「浅草口」から徒歩1 分
連 絡:参加希望者は、FAX:03-3925-2353 または
    メール:yamazaki890@jcom.home.ne.jp にて5 月8 日までにご連絡ください。
議 題:�(神�27 年度活動報告及び決算報告( 含、監査報告)
    �∧神�28 年度事業計画及び予算案
    ��その他
備 考:議決権を有する者は、平成28 年3 月31 日現在において、平成27 年度(自平成
    27 年4 月1 日〜至平成28 年3 月31 日)の会費既納の「篤志」及び「一般」
    会員と致します。
                   石原莞爾平和思想研究会 事務長 山��八九生

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