今日は何を書こうかなと思いながらネットを渉猟していました。
そして、今日が在ペルー日本大使公邸占拠事件の解決した日である事を知りました。
現地時間の1996年12月17日夜、ペルーの首都リマの日本大使公邸では、
青木盛久駐ペルー日本国特命全権大使をホストとして、
恒例の天皇誕生日祝賀レセプションが行われていました。
そこに、トゥパク・アマル革命運動の構成員14人が乱入し、
その場にいた青木大使をはじめとする大使館員やペルー政府の要人、
各国の駐ペルー特命全権大使、日本企業のペルー駐在員ら約600人を人質に取りました。
その後、人質は少しずつ解放されましたが、
1997年(平成9年)4月22日にペルー警察の突入によって事件が解決するまで、
126日間占拠が続きました。
ご記憶の方も多いと思います。
僕は青木元大使と面識があります。
青木元大使は、栃木県那須塩原市青木の出身で、
直接の血の繋がりはありませんが、曽祖父は明治時代に外務大臣を務めた青木周蔵です。
青木周蔵が那須塩原市に所有していた別邸は、
現在県が所有し、道の駅「明治の森黒磯」で一般公開されています。
2月14日に日記に書いた松ヶ崎萬長が設計した建物です。
青木元大使は、ペルー大使になる前、
国際協力事業団青年海外協力隊事務局長を務めていました。
栃木県には、青年海外協力隊応援団と言う団体があります。
そこでは、栃木県出身で青年海外協力隊員となる人の壮行会を
年に3・4回開いていますが、
青木元大使は、毎回わざわざ東京から駆けつけて下さって、
隊員の激励をしてくれています。
その時の言葉は、隊員が派遣される国の情報を織り込みながら毎回違います。
凄い人だなぁと言うのが率直な僕の感想です。
応援団には僕も加入しているので分かっているのですが、
僅かな会費で運営していますので、
東京からの旅費もお支払い出来る財政状態ではありません。
正に手弁当でいらっしゃっています。
壮行会はお昼を挟んで行うのが通例で、そのお昼はおにぎりと決まっています。
おにぎりを召し上がりながら、この質素さが良いのだよなぁとおっしゃっていました。
青木元大使は、事件後解放された直後の記者会見に、
煙草を吸いながら臨んだ事で顰蹙をかいました。
長期間の拘束から解放されたばかりであり、
僕は、目くじらを立てるべきではないと思いましたが。
しかし、青木元大使はそんな事には頓着されていないのでしょう、
今も喫煙をされています。
時々僕も一緒に吸っています^^
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