mixiユーザー(id:12410478)

2015年04月02日06:17

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他人の作ったおにぎりが食べられないというのは、きわめて健全です。

最初に断わっておきますが、私は、清潔ですが、不潔恐怖症ではありません。毎日、風呂に入り下着を替えますが、毎日、ジャケットをクリーニングに出すわけではないし、洗髪も一日一回。
おにぎりは、子どものころから貰い物も食べました。
大学生時代、世田谷区喜多見にすんでいたとき、「てつ善」という小料理屋のママの作るおにぎりが非常にうまいという体験をしました。それ以来、他人のおにぎりが食べたくなりました。ある料理の上手なお母さんがいる家庭教師先で、「お母さん、中元なんていいですから、毎回、おにぎりをください。」なんていったことすらあります(笑)
手間がかかるので、かえって申し訳ないことをしました。

英語が生のまま出てきますが、これを使わないとどうにも感じが出ないので、お許し下さい。
著者名などは忘れてしまいました。
もう一度読みたいので、ご存じの方はご教示ください。
ある本が、イギリス? の女性学者の説を引いて、
uncleanly(不潔)を、proper(この場合は、その場所に適していることという程度の意味)ではないことだとしていました。
曰く、ケーキの皿の上のクリームは清潔だが、ネクタイに付いたクリームは不潔だ。靴箱の中の靴は清潔だが、テーブルの上に靴を載せたら不潔だ。鼻腔の殺菌作用は弱く胃の殺菌作用は強いから、鼻くそをほじって飲むのは理に適っているが、大変不潔だとされる…
その通りです。だから、母が作ったおにぎりも友達のおばさんが作ったおにぎりも清潔さは同じでしょうが、友達のおばさんの作ったおにぎりは食べられない。これは、普通の感覚だと思います。
ことは、properであるか否かですから、対人恐怖症や協調性などとは関係がないでしょう。もちろん、医学的な細菌の量とは、全く無関係です。
ついでに言うと、寿司屋さんの手もproperです。他人に寿司を握るまさしくproper(専門家)ですから。外科のお医者さんに、「先生、手術の前に手を消毒してくださいよ」と念を押さないのと同じです。

韓国では、家族の一人が風呂に入ると、水を抜いて風呂を洗います。医学的にはその方が感染症が防げるでしょう。というよりも、風呂が原因で細菌に感染することがあるから、ぜひそうするべきです。そうしないのは、文化です。民族を単位にまとまっていますから、文化という言葉になりますが。個人が抱いている感覚の問題と同一視できるでしょう。

では、集団性がないので文化ならぬ感覚ですが、
他人の作ったおにぎりが食べられないのは、一体、どういう感覚でしょうか。
自分と他人は違うという無意識の恐れがある感覚ではないでしょうか。
それは、
靴箱とテーブルは違うという感覚でしょう。

このけじめを失うと、
自民党の広報や裁判所の判決は、「お上のお墨付きだから正しい」などということになりかねません。自分が裁判所だったら、良心的な判決にするかもしれないけど。いや、そうでもないな。能力の限界があるし。

子どもを愛することだって、偏愛です。わが子がかわいいといっても、隣の子どもが憎たらしいわけではありません。
風邪気味の女房が握ったおにぎりをうまいと食べるのは、愛でしょう。だからと言って他の女性を、不潔な女として憎悪しているわけではありません。




■他人の作ったおにぎり食べられない…小学生の25%が「いや」、人間関係に水を差すことも
(産経新聞 - 04月01日 08:09)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=133&from=diary&id=3349271
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