mixiユーザー(id:12410478)

2015年03月22日09:11

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「光の輪」などは、オウムと全く同じもの。その自覚がゼロ。

オウム残党は、やはり、危険。
自分が何をやっているか、自覚していないからです。

私のライフワークは、中国神秘思想研究です。これは必ずしも宗教ではありません。しかし、命、卜、相、医、山という諸々の技術は、道家や仏教と密接な関係があります。無神論だろうがクリスチャンだろうが、こっちの系統の研究をする以上、どうしても宗教と関係せざるをえません。入信するという意味ではなく、付き合わざるを得ないということです。日本史を研究しているひとが、線香の匂いが嫌いでお寺に行きたくないとはいえないのと同じです。
20代のころ、その絡みで、仏教や道家系統の宗教家やその周辺の人たちとの出会いがありました。

この人たちの典型的な履歴は、
青年期に、ムーやトワイライトゾーンなどを読んで、超能力や占いなどに関心を持つ。人生に謎を抱いて、宗教団体の門を叩く。信者になるか、出家宗教家になる。
というものです。大学生をやりながらそうなった人もいますし、職を持ちながら日曜日などに活動している人もいます。立場もまちまちなら、賢愚もまちまちです。

しかし、そこで痛感したのは、
自分の内面を振り返り、内面を原理に基づいて分析しなければ
何にもならない。
ということです。だから、道元などは、中世に生まれた人間でありながら、近代人だと思います。
この省察を行うに当たって比較的簡単なのは、食欲や性欲です。破戒しているかいないかは、誰でもわかります。飲酒や肉食、異性との交わりを記憶しない人はいません。
ところが、難しいのは、自己肯定欲、権勢欲、支配欲などです。これらと対決しないで、自分が成仏することはできないでしょう。しかし、教団という形で活動すると、教勢の拡大の都合上、ここは突っ込みません。誰も小難しいことを言う教義は嫌いですし、第一、教祖や幹部が自己肯定欲の塊であることがままあるからです。

オウムに入信すると、光をみれるといいます。実は、光なんて、簡単にみれます。早い話が、目をつぶって瞼を手で押せばいいのです。まさしく「光の輪」が出ます(爆笑)
ヨーガの技法で常人がみることができない光をみることもあるでしょうが、瞼の奥にできた「光の輪」とどこが違うのでしょうか。
そういう生理的現象と霊的に高くなるということの、恐ろしい混同が、事件を起こしました。
光をみれても、普通の人なのに、偉くなったという錯覚が生じるから、どうにもならなくなりました。

だから、驚くべきことに、
http://www.joyu.jp/hikarinowa/
をみると、上祐氏は、オウムの教義を変えています。
それも、180度の転換です。
教義ではなく、教勢がほしかったのだ…と自ら告白しているようなもの。
http://hikarinowa.net/kyokun/brethren/hosokawa/
このサイトは味読しました。
細川美香という幹部の手記です。

あはれ、内なる権勢欲を自覚せず、人生を棒に振ったのですね。




アレフ・ひかりの輪 信者数は
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3330594
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