われわれ日本人はイスラームという信仰を正しく見て、正しく考え、正しく語り、正しくつきあい、正しく認めなければならない。
私の言い分よりも、イランの最高指導者、ハーメネイー師のメッセージを読んでもらったほうがいいかもしれない。
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http://japanese.irib.ir/news/leader/item/51540
敬虔な本物のイスラーム教徒が言っていることは「これからの世界を作っていく若者」に本当の信仰を自分の目で読み、自分で判断してほしいということだ。疑問をもち、答えを得る努力をしてほしい、ということだ。
そこには何ひとつ強制も強要もない。
最近、コーランを読み直した者として、申し上げておくことはある。
・コーランを読むなら「全部、きっちり読んでほしい」
一部だけを読んで理解したつもりになってはいけない。それこそが「テロリストのやっていること」「神の教えをねじまげること」だからだ。
・ムハンマドに神が啓示を下した時代の基礎知識も得ておいてほしい。
返報法や聖戦、奴隷制がなぜ、コーランにあるのか、忘れてはならない基礎知識になる。
・初歩のものでよいので心理学を勉強しておいたほうがいい。
コーランは繰り返しも多く、宗教書では当たり前のことだが、多少の思考的偏向性がある。心理学はコーランそのものの理解にも役立つ。
本物のイスラーム教徒はコーランの教えに従っているからこそ、他の宗教を排斥したりしない。神の教えを知らず、義務を知らないために地獄行きになる者を排斥しても、相手がひとであり、神の創造物であり、自分の行い、考えの全てを神がご存じ。最期の審判を畏れる(恐れる、でも怖れる、でもない)からこそ、不信心者にも、他宗教にも寛容だ。
フランスの事件は「自由」を叫ぶ国でありながら、イスラームの基本であるブルカ(女性が顔をかくすための布)を禁止したり、絶対的な神への信頼、ムハンマドを大切にする心を踏みにじった結果だろう。暴力には決して賛成できないが、あの新聞社や記者、画家を擁護する気にはまったくなれない。
今回の日本人誘拐・脅迫に正義はない。国際法でもイスラーム法でも。ただただ卑劣な犯罪であり、行ったものが多少なりともイスラーム教徒を名乗るのであれば、神の報復を怖れるべきだろう。(それが死後のことであったとしても、だ)
そして、誤った教えを強制されているイスラーム国の若者たちにも神の慈悲を(少しだけでいい)祈ってやってほしい。きっと、それが必要になるはずだ。(審判の日には役に立たないかもしれないが、その前に気づくことができれば、あるいは・・・)
私は自称仏教徒にすぎないが、本物のイスラームを信じるひとびととは共にありたい。
■「彼らはイスラム教徒ではない」=礼拝の在日信者、怒りと嫌悪あらわに―邦人人質
(時事通信社 - 01月25日 18:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=3242507
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