穴山 信君の個人が無かったので作りました。
自由にやって下さい。
★武田の再興を祈願。
武田氏の一族であり、武田姓の使用を許されている。その場合は武田左衛門。
父は穴山信友。
母は武田信虎の娘で武田信玄の姉。
妻·見性院は武田信玄の娘。
壮年期に出家し梅雪斎不白と号した。
武田二十四将の一人に数えられる。
信玄の代から一族として優遇され、下山城を本城とする甲斐国巨摩郡南部地域(現在の南巨摩郡身延町周辺)・西八代郡の一部(現在の南巨摩郡身延町下部近辺)の他に巨摩郡北部の穴山(現在の韮崎市中田町及び穴山町周辺)等に領地を持ち、巨摩郡南部地域・八代郡には武田宗家より独立した、穴山氏により独自に運営される金山も持つ。
永禄13年、武田氏が駿河を巡り後北条氏と対立した折には、武田軍本隊が甲斐に退却した後も横山城に踏み止まり、武田氏の駿河への再侵攻の足掛かりとなった。
山県昌景の後任で駿河経営の武田氏の拠点・江尻城代となる。
俗に駿州探題。
江尻城に城下町を形成し、輸送ルートを整備して商業政策を進めるなど、内政手腕に優れていた。
また、外交にも多く携わった。
しかし信玄の後を継いだ従兄弟の武田勝頼とは対立が絶えず、長篠の戦いの際には勝手に戦線を離脱している。このことに怒った高坂昌信は勝頼に信君を切腹させるべきだと意見したが、一族重鎮であった信君を処断することで家中が分裂することを恐れた勝頼はこれを退けた。1582年、武田氏が滅亡する直前になって織田信長、徳川家康側にあっさり降伏した(数年前から徳川との接触があったとする説もある)。これは勝頼との対立の他に、信玄の嫡男で勝頼の異母兄の武田義信によるクーデターである義信事件が関係しているとも(信君の弟である穴山信邦は義信事件で義信側に味方して自殺した)、妻の見性院が敵であった諏訪氏の血を引く勝頼よりも自分が生んだ穴山信治(勝千代)の方が武田氏の当主に相応しい(信治は計算上武田氏の血を3/4継いでいる)と夫に勧めたからだとも言われている。
いずれにしても武田一族であり、重鎮でもある信君の裏切りは、武田軍団に衝撃を与え、その後、武田氏は滅亡してしまう。
これを天目山の戦いという。
その後、信長から所領を安堵され、家康とともに安土城を訪問の後に上洛し、堺(大阪府)を遊覧していた際に、本能寺の変が起こった。
信長が家臣の明智光秀に討たれた知らせを受け、駿河に帰ろうとしたが、山城国綴喜郡の現在の木津川河畔(現在の京都府京田辺市の山城大橋近く)で土民に襲われて殺された。
一説には徳川家康と人違いされたためという。
また徳川家康が命じて殺したという説もあるが、家康は梅雪の子である勝千代を取り立てており、見性院は家康に丁重に遇されているので考えにくい。
信君は武田氏の一族でありながら武田氏を裏切ったために、信玄の娘婿でありながら織田側に寝返った木曽義昌や滅亡寸前に裏切った小山田信茂とともに、現在の山梨県ではもっぱら評判が悪い。
ちなみに穴山氏は、1587年に信君の嫡男である穴山信治(勝千代)が急死したため断絶した。
☆徳川十六将
榊原康政http://
酒井忠次http://
井伊直政http://
本多忠勝http://
松平家忠http://
大久保忠世http://
平岩親吉http://
松平信一http://
大久保忠佐http://
内藤正成http://
高木清秀http://
渡辺守綱http://
服部正成http://
米津藤蔵http://
蜂屋貞次http://
鳥居元忠http://
☆武田二十四将(山本勘助、山県昌景 以外)
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飯富 虎昌http://
高坂 昌信http://
武田信繁http://
武田 信廉http://
板垣信方http://
甘利 虎泰http://
横田高松http://
原 虎胤http://
内藤 昌豊http://
土屋昌次http://
真田 信綱http://
小幡虎盛http://
秋山信友http://
真田幸隆http://
三枝守友http://
原昌胤http://
小幡昌盛http://
一条信龍http://
多田満頼http://
小山田信茂http://
☆上杉家臣団(村上義清、柿崎景家、直江兼続 以外)
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色部勝長http://
小島弥太郎http://
斉藤朝信http://
本庄実乃http://
安田長秀http://
河田長親http://
山吉豊守http://
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千坂景親http://
安田景元http://
安田顕元http://
長尾政景http://
本庄繁長http://
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甘粕景持http://
中条藤資http://
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大熊朝秀http://
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水原親憲http://
松本景繁http://
☆その他の武将
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