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本当の潜水艦のコミュコミュの37500浬(かいり)

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伊400 という潜水艦の航続距離のお話です。
以前からフロート付き単発攻撃機を格納できる潜水艦の事は知っていました。

しかし改めてふくろうさん(管理人様)の本『本当の潜水艦の戦い方』(光人社NF文庫)を読んでみると、その航続距離の大きさに驚かされます。
ふくろうさん、いろいろ仮定をたてて計算しますが、どうか素人のやる事ですので、見守って下さいませ。

基礎的な事項を先に。
1浬(かいり)=1852m
1節(ノット)=1.852km/h 1時間で1浬進む速度。
伊400 潜水艦の航続距離:14節(ノット)で37500浬(かいり)

伊400潜水艦 性能諸元
出典は、出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A400

性能諸元
排水量 基準:3,530トン 常備:5,223トン
水中:6,560トン
全長 122m
全幅 12.0m
吃水 7.02m
機関 艦本式22号10型ディーゼル4基2軸
水上:7,700馬力
1,200馬力モーター2基
水中:2,400馬力
速力 水上:18.7kt
水中:6.5kt
航続距離 水上:14ktで37,500海里
水中:3ktで60海里
燃料 重油:1,750トン
乗員 157名

最高速力(水上)18.7節(ノット)時には、ディーゼル機関は、7700馬力を出していると考えます。

【巡航速度での必要馬力】仮定1
巡航速度14節(ノット)時の機関出力は、7700馬力の40%として、3080馬力とする。
 巡航速度/最高速度=0.748 速度の3乗で必要馬力は増大する。
巡航時に必要な機関出力は計算上は最高出力の42%であるが、40%で仮定して計算しました。

【巡航速度での機関燃料消費率】仮定2
伊400 潜水艦のディーセル・エンジンの燃料消費率=180g/HP・h
(1時間、1馬力あたりの燃料消費量)
燃料消費率のデータがなく、上記は仮定値です。
現代のディーセル機関の燃料消費率は、もっと少ないです。

【伊400 燃料消費量】
運転時間:37500浬/14節=2678.6時間 主機関の累計運転時間
2678.6(時間)x0.18(kg/HP・h)x3080 (HP)=1458015kg=1458トン

上記、性能諸元では、燃料 重油:1,750トン ですので、
巡航時の必要馬力は、もう少し大きいかもしれません。
または、燃料消費率がもう少し大きいかも。

以上、本当にラフな仮定での計算ですので、ご容赦ください。
伊400 の航続距離の大きさに驚いて、試算してみただけです。
艦本式22号10型ディーゼル機関の、性能諸元などお持ちの方でしたら
正確な計算ができるかと存じます。

コメント(1)

yahoo知恵袋に投稿した内容です。
せっかくなので、こちらに転記します。

航空機搭載可能だった潜水艦は、伊400型(特型潜水艦)だけではなく、水上偵察機は戦前から搭載されていました。
特型潜水艦が特徴的なのは、水上偵察機ではなく、水上攻撃機(新規開発)を搭載することにあります。
戦闘機や爆撃機ではありません。また、水上攻撃機という機種は古今東西この「晴嵐」のみ、です。

特型潜水艦は、開戦後の昭和17年度軍備計画(改?計画)で建造が始められたものです。
当然、戦前の計画にはなかったもので、同年1月に軍令部から艦政本部に問い合わせがあったのが、公式には最初の動きです。
発案は、山本聯合艦隊司令長官とされ、1隻に2機の晴嵐を搭載する18隻(36機)で、直接米東海岸に脅威を与えることを目的としていました。
5月に、ホーネットから発進したB-25が、本土空襲に成功していますが、ほぼ同じ時期に同じことを日米が考えていたのは、奇遇です。
南米の南端をまわって米東海岸へ達することを前提としており、日本から往復できる航続距離(37500浬)が要求性能にあるのはそのためです。(1浬は1852mで、陸上マイル1.6kmとの混同には注意が必要)
17年度の計画だから、順調に進んでも部隊の完成は20年前後になるわけで、それを批判することは理解できません。

その後の戦況の悪化から、計画が縮小されたため搭載機を3機に増加し、伊13型(巡潜甲改2)にも晴嵐を搭載することになりました。攻撃目標も、米東岸からパナマ運河に変わり、更に戦況が逼迫したため、最終的にウルシーへに変更され、その攻撃直前に終戦となりました。

歴史の後知恵で、日本海軍を酷評するのは簡単です。ただし、頭が悪いと非難される海軍の人材の水準は、今日の東大以上のものがあります。
兵学校に合格するのは、中学校の首席クラス(半数がトップのクラスもある)であり、旧制中学校の進学率は10〜20%だったことを思えば、日本海軍の士官の質が想像できるでしょう。今の大学院進学率より低いのですから、現代の博士のトップクラスのみが海軍士官になれた、とたとえられます。
軍令部や聯合艦隊で作戦や軍備計画を作る参謀は、その士官の中でさらに厳選されており、今日のキャリア官僚の水準をはるかに超えています。
それでも、戦争の将来を見通すことが難しかったということですから、これは日本あるいは日本人全体の問題でしょう。
根拠薄弱なネットの情報をチョイチョイと斜め読みして、いとも簡単に断定的なことを言う人もいますが、ネットの裏に膨大な史実がるのは当たり前の話で、見識を述べるにはそれ相応の調査が必要だと思います。

ただ、当時の日本海軍部内でも、限られた資源をそんな潜水艦建造に費やし、新たな機種を開発することには反対がありました。
それとまだ戦況が有利だった17年に立てられた計画が、戦争の悪化した後も縮小されながらも継続されたことは、日本の官僚組織の性癖と言えるのではないでしょうか。
私も、戦史研究者の末席を汚していますが、開戦後の軍備計画の変更が頻繁だったことは、限られた資源や時間、労力を非効率に浪費したと考えています。
また、潜水艦部隊側の発案ではない特型潜水艦の計画は、やはり間違っていたと考えます。
ただ、私よりも遥かに優秀だった先輩たちが、石頭だったなどとは思いません。ただただ、歴史を後から見ることのできる幸運が、事実をより理解できるだけのことです。

余談ながら、伊400艦長だった南部元少佐にお会いしたことがありますが、高齢ながら洒脱で、日本海軍潜水艦乗りの気質を窺えた気がします。
また、40000キロは地球の直径ではなく外周で、これを360度とし更に60等分した1分の距離が1浬で、長距離移動の際の距離単位として使用されます。

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