ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

デカローグコミュの「デカローグ第1話 ある運命に関する物語」を考える。

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 ここはデカローグの第1話「ある運命に関する物語」についての感想等を自由に語り合うスペースです。多くの方々の参加を心よりお待ち申し上げます。 
順次、第二話以降のトピを個別に立ち上げて行きますので、取りあえずこのスペースでは第1話から語り合いましょう。
 第1話の批評。「十作品中、もっとも美しく残酷な作品」(仏/テレラマ誌)

コメント(31)

私は、人に紹介するときはこれを勧めます。
10作品の中ではもっとも分かりやすいというか入りやすい作品だと思うんです。
みなさんはどう思いますか?
みっくす☆さんコメントありがとうございます。愛し合う、信頼しあう父子の別れは辛いものでしたね。神を信じるのか?信じきれるのか?も重要なテーマだったと思います。
第1話の副題の十戒の言葉「あなたは私の他になにものをも神としてはならない」はなにを意味するのだろうか?
私はつい映画の技術点ばかり見てしまい、DVDを何回も時折巻き戻して見ました。かなり手持ちカメラを多様してるな、とか案外長回しがあるとか、また台詞の意味を考え込んでしまい、スムーズな鑑賞が出来ませんでした。
子供が死んでしまい、悲嘆にくれる父親が、教会に行き、祭壇を押し倒してしまうシーンが私には印象的でした。その時イコンに描かれたキリストが泣くように水滴が流れるのは、ちょっとやり過ぎと思ってしまいました。でもあくまでも私の意見ですから、感動した人にはすみません。
私は遠藤周作のキリスト教文学が好きなので、キリスト教には多少興味があります。ですが少年の死が、神が与えた運命なら神は何故そうしたかを知りたいです。神の「沈黙」はよく言われることですが、少年の死と残された家族を思う時、やはり神は惨い存在と思いました。簡単に神を信じれるか、という問題提起をしている映画だとも思えます。
「神が与えた運命かどうか」を問う映画ですか。順番的にはそうですね。そこまでは考えていませんでしたが、そうするとこの映画の神秘さと難解さがますます深くなりますねぇ。永遠のパズルのようです。
>その時イコンに描かれたキリストが泣くように水滴が流れるのは、ちょっとやり過ぎと思ってしまいました。

初めて観た時は、湯島博士さんとティナさんと同意見でした。
でも、この水滴は「神は、信じない者に対しても哀れみを感じ、涙を流す」という事を意味するとも考えるようにもなりました。このシーンが無かったら、父親に対する神の愛は全く無いってことになりますし。キリスト教の神って誰にでも愛を与える存在ですよね?
tamuさんコメントありがとうございます。あのイコンの涙は「神の沈黙」の問い掛けだったんでしょうか?難しい解釈がいろいろと出てきます。神が投げ付けたヒントかも知れません。感想は十人十色、いろいろと語り合いましょう!
>10

監督がどうして非リアルなシーンを作ったのか・・・。無理だけど、本人に聞いてみるしかないですね。あせあせ私にっとて、変な後味残るシーンです。

「わたしのほかに神があってはならない」という、神のエゴイズム(?)がテーマですから。インクの瓶で神を悟れなかった父親に対して、神は、科学で証明できない現象(=神の存在)を大々的に目撃させたかったのでしょうか?オカルトっぽさで監督は神の強引さを象徴しているのでしょうか?(私の頭の中、疑問だらけです。冷や汗

やっぱり監督らしからぬシーンには何か深い訳ありそうですね。監督は違和感を持たせるシーンを意味無く取り入れる事するような人ではないでしょうし。
そうですね。自分の上記の書き込みを読むと同一人物の意見のようには見えませんねえ。精神分裂病か飲んだくれの奴があーでもないこーでもないと言っている感じで・・・。ほっとした顔私は意見を持ったら何があってもそれにいつまでもしがみつくってタイプではないのです、実は。

水滴を神の哀れみと解釈できるなあとそれなりに納得したものの、考え続けて見ると、「この解釈で観ても、エピソード全体を眺めるとこのシーンはまだ少し浮いている」と違和感もまだ残っているのです。

ところで、監督らしからぬシーンがある理由の推測として、「テレビ向けに作られたから」という意見どう思いますか?
私も「テレビ向け」を書き込みした後、「でも、監督は鑑賞者を見下すようなことはしないよねえ?」と考え込みました。監督のインタビューを見ると、エゴ丸出しのお高くとまった性格の人とは正反対の人だって事分かりますから。「映画監督ってこんなに謙虚でいいの?」と思わせるような態度だし。
でも、インタビューで「デカローグはテレビ用に作られたから・・・」と語っていたこと覚えています。と、いうことは、監督はそれなりに「いつもの鑑賞者とは違う」ということを少しは意識していたことになりますよね。制作にあたって外部からの干渉はどれだけあったのか知りませんが。もう一度インタビューを見てみなければ・・・。

>しかし、それとも同時にtamuさんのご意見でありますところの「>テレビ向け
>に作られたから」という内容もわたくしは没にしてしまいましたですう。(汗)

>申し訳ありませんですう。ほんとにごめんなさいでした。

ティナさん、謝らなくてものいいのに・・・。気にしなくていいですよ。ウインクここは意見交換・議論しあう場ですから。
『力まかせに押しやると、煉瓦を重ねただけの台は、積み木を崩すようにガラガラとあっけなく崩れ落ちた。まるで手応えというものがなく、砂埃が舞い、衝撃の響きだけが空しく会堂の中を伝わっていった。僅かに、その余波で聖母子像の上辺に立てられた?燭がバラバラと墜ちてくる。マリアの頬に鑞が垂れかかり、目元につけた痕が涙のようにも見える。』「デカローグ」クシシュトフ・キェシロフスキ&クシシュトフ・ピェシェヴィチ 高橋博訳 早川書房

1話を観たあとで、この文章を読みました。そしてそうかぁ、鑞だったのか、と納得したじぶんがいます。
『建設途中の境界の中を吹き抜ける風の音。
 入ってくるクシシュトフ。
 正面祭壇には工事足場に聖母子像が書けら
 れていて、下の足場の台には?燭が灯され
 ている。ゆっくりと歩み寄り、何事か口に
 しながら聖母子像を見上げている。仮設の
 祭壇を力まかせに突き崩すクシシュトフ。
 像の上に灯されていた?燭が倒れ、聖母の
 顔に鑞が垂れる。ちょうど彼女が涙を流し
 ているように見える。         』
 
デカローグパンフレット、シナリオ採録では上記のようになっております。
蝋燭ですか。うーん確かにパンフレットにありますね。危うい祭壇に蝋燭が沢山燈されていたし、蝋燭が倒れ聖母の目に涙が流れたというのは、実は聖母像もいっしょに倒れ蝋が零れ落ちたことを、私が見過ごしたのか、当然観客に理解されると監督は思って編集したのか、ですね。今頃になって父親の名前がクシシュトフと知りました。疑問点があったらパンフレットを読み返す必要性ありと、反省致しました。
話が飛びますが、少年の死が神が与え給えた運命なら、何故マリア像?に蝋燭が垂れるのか?
!神学の問題なんだかわからないけど、少年は叔母にたいして、神らしき愛を感ずるのですよね。父親と違い神に対して暖かみを感ずる少年が何故死なければいけないのか?運命だから?難しい!
>27
少年がなぜ死ななければいけないか・・・

神でなくコンピューター(=現代科学)を信じていたからでしょうか。「伯母のお陰で神の愛らしきものを感じ始めていたけれど遅かった」という悲劇と私は感じます。少年は学者である父を何よりも尊敬していたようですし。それに、コンピューターのデータを信じてスケートしに出かけた訳ですし。十戒の「わたしのほかに神があってはならない」がこのエピソードのテーマですよね。

>17−26
水滴でなく蝋燭の蝋なら「なるほど、これなら違和感薄れる」と感じました。でも、この仮設のような祭壇の存在をちょっと仰々しい演出だと感じたのは私だけでしょうか?
本日初めてこのトピを読ませて頂きました。
一言だけおじゃまさせて頂きますあせあせ(飛び散る汗)

蝋燭が垂れるシーンは、皆様とは逆に、上手く、そして美しく演出したなあと感じていました。こんな単純な奴の一票という事で...。失礼いたしました。

ログインすると、残り15件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

デカローグ 更新情報

デカローグのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング