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嗚呼 鉄道全盛期コミュの全盛期を偲ぶ鉄道史トピ

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 明日11/19は東海道本線全線電化完成、ダイヤ改正50周年です。1956年11月19日、東海道本線全線電化完成に伴うダイヤ改正が行われ、特急「つばめ」が全区間EF58の牽引になりました。当日は東京都と大阪府のマークを描いた特製ヘッドマークをつけて東京〜大阪を走っています。
 この東海道本線全線電化完成によって、今まで途中で機関車を付け替えていた(EF58からC62へ)のが無くなって所要時間の短縮になったばかりか、蒸気機関車の煤煙にも悩まされることが無くなって旅客にとって快適な旅行が実現しています。
 このとき「つばめ」の客車スハ44やオシ17、マイテ49などはそれまでの「ぶどう色」と呼ばれていた色から、一気にライトグリーンの明るい塗装に変わって人々を驚かせています。これは当時の十河信二国鉄総裁の厳命で「当日まで極秘扱い」となっていたものでした。当日まで秘密が守られたことに驚きます。
 この11/19ダイヤ改正が後の36.10や43.10へ続く国鉄全盛期の幕開けになったといってもいいでしょう。
 ライトグリーンに塗装された「つばめ」編成の客車たちは、鉄道ファンから「青大将」と呼ばれていたことも良く知られています。国鉄技師長の島秀雄氏の耳にもこのことは入ったようですが、島氏は「大将ならいいではありませんか」と笑っていたそうです。

 あのころの写真を見ると、まだ貧しかったけど将来への希望や夢があったことを感じさせます。写真から感じる空気も明るく感じられます。

コメント(5)

乗ってみたかったですね…。
画像は1954年製作の鉄道映画「つばめを動かす人たち」

技術の進歩は素晴らしいと思う一方、こうして消えてしまったものを思い出したとき、時としてその進歩を呪いたくなることがあります。

今では東京から大阪まで新幹線でひとっ飛びですけど、もう一度鉄道の旅の原点を見直してほしいと思うところです。

新幹線こだまで大阪まで行こうなんて人はあまりいないと思いますが、もし「つばめ」を復活して東京から大阪まで運転すれば結構評判になると思ったのですが、今時そういうの流行らないのかな。
 >新幹線こだまで大阪まで行こうなんて人はあまりいない
 ゆえにこだまは「穴場」です。どれだけひかりやのぞみが混んでいてもこだまは割合空いていますから、弁当や酒を手にして乗り込み、各駅に停車しながらの車窓を楽しんでいます。 
 私は新幹線に乗るときはこだまを選んでいます。空いていますし、明けのときは良く眠れますから。一杯ひっかけてMP3を聞きながら車窓を眺めているうちにzzzzz・・・となってしまい、目が覚めると「あーよく寝た」となって仕事モードから旅モードに気分が切り替わりますから。
書き込みが限定されていたのでトピックのタイトルを変更させていただきました。


今日4/24は国鉄五大事故とも言われている桜木町の列車火災事故のあった日ですね。

当時の事故車モハ63は燃えやすい木造車両だったこと、非常用のドアコック表示が無かったこと、貫通扉に鍵がかかっていたことなどが死者を多く出した原因と言われています。
また、当時は混雑時に窓からの乗降りが慣例となっていたことから、窓を三段ユニットにして、真ん中の窓が開かない構造になっていた事も被害を大きくしたようです。

この事故以来、車両を燃えにくい鋼製にしたり、ドアコックに表示を入れたり、窓は2段ユニットと、今も残る国鉄車両には当時の教訓が多く取り入れられているのが伺えます。


現在は列車の高速化に伴って、窓は開かなくなり、車体も軽量化されてステンレスが取り入れられるようになりました。

これらを目にするたび、福知山線でペシャンコになっていた列車事故のことを思い出します。


当時の事故車モハ63は、「少ない車両に多くの乗客を詰め込む」という、当時の戦時下の方針で製造された車両ですが、今の普通列車の多くは合理化の名のもと、これに通じるものがあり、時代は戦時下に逆戻りしたと言えます。
 現在のJRで多用されている軽量ステンレス電車は、現業員の間でも危惧する声が上がっています。
 総武・中央緩行線で運用されている209系500番台やE231系などは車体に比して電動機出力が大きいためにしばしば空転してしまうと言う欠点を持っているそうです。車体を軽くしたために車輪とレールとの摩擦係数が小さくなっているため、雨の日などは空転しやすくなってしまうと言うことです。
また走行中の風圧で車体の一部が凹んだりするためか、夜中に車庫でしばしば「ボコッ」「ボコッ」という音がするとか。これは走行中の風圧で凹んだ部分が元に戻る音で、最初は何なのかわからず、出くわした社員は「幽霊だ!」と騒いだことがあったとか。
 「国電」と呼ばれた103系に比べて電力費などは半分になったでしょうが、「安全」まで半分にされているようで気になります。福知山線事故の現場を見た後で、首都圏のEシリーズだったらどうなるかを想像して恐怖を感じました。


 また、新潟県の中越地震では上越新幹線が走行中に脱線すると言う事態になりましたが、幸い横転は免れました。この話を聞き、ニュース映像を見たときは「国鉄型の200系でよかった。E1だったらどうなっていたことやら」と背筋が寒くなりましたね。200系はEシリーズよりも自重があったので脱線はしても横転はせずに助かったようです。
今日、5月11日は東急玉川線が廃止になった日です。

http://www.setagaya-line.com/100th/history.html

東急にはあまり詳しくないのでアレですが、三軒茶屋〜下高井戸間は残って現在でも使われているとか。


ジャリ電、玉電として親しまれた路面電車も、晩年はノロ電、ジャマ電と嫌われたようですね。

まさに、ここに時代とともに変化する交通事情と、わがままな人間感情が見てとれるようです。

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