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Japanese Survival Networkコミュの体罰こそ教育

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戸塚スクールの戸塚宏校長が刑務所から出てきました。
そして、記者会見で「体罰は教育だ」と話したことが話題になっています。まさに至言です。
三枝先生は確か「体罰には技術がいる」と言っていましたが、体罰に反対する人は、そこのところがわかっていない。
虐待も、真の意味での体罰もゴッチャにしている。

テレビ朝日の独占インタビューで、
「体罰は教育です。体罰によって、恐れ、恐怖を与えないといけない。そうではないと、人間には怒りが生まれない。今の子は怒りがないから、逃げることばかりして、立ち向かおうとしないでしょう」と語っていました。
それに対して、女性のインタビューは、
「なぜ、恐怖を与える必要があるんですか。恐怖なんかなくたっていいじゃないですか」
ああ、この女性インタビュアー、分かっていないと思いました。
もし、自分が強姦されそうになった時に、逃げるような彼氏でいいのか。そこで本当に戦えるのは、恐怖を知っている人、怖さを知っている人、それで恐怖を乗り越えた人なんですけれどね。
スタジオにいた作家のなかにし礼が、この人はいつも本当に毒にも薬にもならないことを言うのだけれど、
「戸塚氏の言うことは間違っています。教育は体罰によってはなされません、教育は言葉です。話してわからせてあげればいいんです」
と語っていたけれど、そういう戦後教育がここまで日本をダメにしたのがわかっていないのかと悲しくなりました。

コメント(6)

全然書き込みがありませんねえ。
というと、やはり皆さん、体罰には反対ということなのでしょうか……?
いえ、皆さん、当然だと思っているのではないでしょうか?

教育には、大脳新皮質の教育と大脳辺縁系の2種類の教育があります。

人は大脳新皮質だけで生きているのなら、法律だけで済みますが、そうではありませんね。

体罰は、口頭の教育より経験と技術と愛情が不可欠です。

それより、メディアの申し合わせたような不真面目なインタビューに私は絶望に似たものを感じます。
私は体罰賛成です。
昭和50年代に義務教育を受けていたものですが、体罰はありました。
周りもそれ(体罰)に対しておかしいという雰囲気はなかったです。ただ、生徒の校内暴力も半端ではなかったですが・・・
親も「叩かれたお前の方が悪い」と言ってた人が大半であったと記憶しています。

今思えば体罰が上手な先生は生徒に人気がありました。
先生達も体罰の加え方に気を使っておられました。

話は変わりますが、バケツを両手にもたせて教室の外に立たせるのは、身心両方の面から見て素晴しい(変な言い方ですが)体罰だと思います。
どうも書き込みありがとうございました。

私が義務教育を受けたのは、昭和四十年代後半ですが、その頃から廊下に立たせるのもダメになりつつありました。
私はよく廊下に立たされたものです(笑)。
廊下に立っていると、晴れた日などは、校庭から鳥の鳴き声や体育授業の声が聞こえたり、ほのぼのとしたものです。
誰もいない廊下でポツリと立っているのが、好きでした。

ちょうど小学校の5年生のときに、PTAがうるさくなって、「廊下に立たせるのは、子供の教育を受ける権利を奪う」とか言い出したんですね。
そこで、うちの担任は授業を受けさせればいんだろうというので、隣の教室の後に立たせることをはじめました。
隣の教室に行って、
「すみません、後に立たせてください」
というのです(笑)。これも何度もやっていると、隣の教室でも有名人になるので、私としては嬉しかったのですが、誰かうるさい父兄がいたらしく、それもNGとなりました。
最終的には、自分たちの教室の後で立つことになったのですが。ああ、つまらない。

体罰よりも、子供心にショックなのは、教師の「言葉の暴力」です。大人が子供に嫌味なことを言うぐらいであれば、いっそこのこと殴ってくれたほうが、よほど後年、思い出に残ります。
私はつかのま、保育園で保育補助をしていましたが
体罰はあるものだと思います。もちろん保育園では、先生方は手を出したりされませんが、私はバイトのくせにあまりにいうことをきかない子にはつい、手がでてしまってました(笑)(先生にいいつけられないかと冷や冷やしてましたが)。結果、叩いた子供たちとは、仲良しでしたよ。先生がたの子供たちへの対応の仕方は疑問でした。2歳や3歳の子に「自分は今、何をしないといけないのか、考えなさい!」とか「食べられないならはじめにいいなさい!」なんて、言葉でつきはなすんですから。子供は保育園にいれちゃだめだと思いました。
2歳や3歳の子供に、「考えなさい」というのはどう考えてもおかしいと思います。現代人は何事も理性が片付けれると思っていますが、そういうものではないでしょう。

また、「考える」には、その元となる体験や知識が必要です。何をしていいのか悪いのか。それこそ教えるのが、躾です。身を美しくすることです。そのためには、時には体罰が必要なこともあるでしょう。最近は、体罰どころか、「叱る」こともできない先生がいると聞きます。嘆かわしい限りです。

体罰がいけないという人は、究極的にはありとあらゆる罰則がいけないというのでしょうか。人間の自由を拘束する懲役などの刑罰も、ひるがえっては体罰です。子供の世界で体罰がいけないという人は、たぶん、大人の世界においても刑罰をなくせというのでしょう。どんなにひどい凶悪犯でも話せば分かると思っているのでしょうね。

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