ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

現代において書とは何か?コミュの書とは一体どういう藝術か?

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
言語芸術
視覚芸術
造形芸術
文学
またはそれらのどれでもない何か
それとも、そもそも書は芸術ではないのか?

あなたにとって「書」とはどういう範疇で語られるべきものなのだろうか?自らの考えを披瀝してほしい。
書道史的観点から、その位置付けの変遷と共に、現在どのような場所に「書」はあるのか?という意見も歓迎する。

コメント(4)

ワタシは割り切って「視覚物」という捉え方をしている。
…まずワタシは自分の書いているものを芸術だとは認識したく
ないし(という主張が、またアレなのかもしれないがw)、作品
という呼称も自分の書いたものに対して使いたくない。

で、別に食べるものでもないし、特に触るものでもない、
嗅ぐものでもないし、物理的に音を発しているものでもない
…そういった感覚が喚起される(かもしれない)という比喩的な
意味合いでは…もぅ何とカテゴライズされても構わないんだが、
とりあえず「見るもの」「目にするもの」であるということで
消去法的に「視覚物」である、と。

じゃあ「言葉・文字」の問題はどうか? これについても
「読む」「読んでもらう」「読ませる」という1歩踏み込んだ
鑑賞者と発信者との関係性への期待はしたくないと思っている
ので、可読性については放棄している。
…今はもぅ読める言葉・文字によって誰かに(何かに)何かを
伝えるということにも「?」を感じる。
仮に読める文字を書いていようとも、「そこ」に込めるものは
「言葉以上のもの」
「言葉以前のもの」
「未だ名付けられ得ぬ何か」
が欲しいと思っている。大昔の人が洞穴の壁に、神や獣を
記号として初めて描いて記したように、まだ言葉にされていない
けど、人が確実に見ている感じているのに、まだ名付けられて
いない何かを書きつけたいのだ。
それが今現在、「書」で出来ることなんじゃないか?
というのがワタシの考えです。
僕は視覚芸術として捉える傾向が強いです。

書はどこをどうしても、書。
そうあらねばならぬ、と思います。
だからこそ、今もこれからも書としての可能性があるわけで。

・・・・・
てか、もっともっとロマンチックな書のレイヤーが必要ですねえ^^
書は言語美術で間違いないと思う。

ところが、現代における「書の再解釈」が、伝統を重んじる書道界全体の傾向のために、現代人の中でもなされていない。

それが問題。「書とは」の命題が、言語を扱う「みんなの問題」にならず、「書家だけの問題」になる。

・それって、せまくね?

・せまくてなぜわるいっぺ?

このせめぎあいから抜け出せないのは、

書家がちゃんと考えて来なかったから。

自分には考える責任があると思っている。
追記。

もちろん、美術というからには、視覚的に訴えるものがそこにあるべきである。

けれども、筆跡のみの芸術は、非常にプリミティブな存在であることも確かであり、

そこに興味を喚起させるのは、

作家が一体何を思考し、詩文や出来事、あるいは作品のために用意されたモティーフ(あくまで言語、あるいは言語的なもの)を「書いたか?」であるだろう。

かように、書とは言語そのものなのだから、「謎解き」の要素が予め存在していると言ってよい。

言葉が、見る者に提示され、相手がそれをどう解釈し、また、視覚的にも「どう気に入ったか?」という認識のプロセスを辿るのが書という芸術だ。

作家である以上、ただ単に「線を引っ張っただけの」プリミティブなものを提示して、思考停止したものに見せては、あるいは見られてはいけない。

そこには視覚的かつコンセプチュアル的な「驚き」が込められなくてはならないだろう。

私達が心を砕くべきは、実はそこにこそあるのだ。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

現代において書とは何か? 更新情報

現代において書とは何か?のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング