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幻想生物 コミュのクイナシ

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周りに樹が多く土壌の肥えた、気温の低い温帯地域に生息するクイナシという植物がある。
クイナシは種から発芽すると、幹とも茎とも付かない、より歪で縦長のジャガ芋のような薄緑色の塊として葉を一枚もつけずに育ち、地上と土中の双方向へ肥大していく。ただし、土中へ勢力を拡大するために、辛うじて髭根のみは他の部分と異なり、一般的な植物のそれと同様に備わっているが、それも成長するにしたがって姿を消していく。

クイナシの開花期は1〜3月である。
その時期になると、雪の中から辛うじて頭を出すか、完全に雪に埋もれてしまっているクイナシは、ザゼンソウの花が行うのと同じように20℃前後の熱を全身から発し始め、周りの雪を溶かして全身を現す。それと並行して、体の色が徐々に黄色くなって熟していき、完全に成熟して花を付ける頃には、梅とカリンの果実の合いの子のような、薄黄色地に薄紅と薄緑の円っこいまだらがぽうぽうと散在する、美しい色になる。
花はその塊のてっぺんに一つだけ咲く。ほとんど黒に見える紫色の、8〜12枚の細く縮れた花びらを放射状に開き、その中心にある12本のおしべと一本だけあるめしべは、わずかに色が濃いだけで花びらとほぼ同色のため、あまり目立たない。

花が咲くと、クイナシの本体は爽やかな甘い芳香を強く発し、虫や鳥、さらには狐や狼、熊などの獣をも惹き付ける。その内部はイチジクに似た紅い果肉で覆われ、細い雫形をした黒と茶色のとても小さな種が1000〜2000個も詰まっている。そして、驚くべきことに一昼夜のうちに捕食者、つまり先に記した虫や鳥や獣によって皮ごと食べ尽くされ、完全に消えてなくなってしまうのだ。そのあとには、雪の上に花だけが咲いたままの姿で残される。
そういった生態により、加えて栽培が極めて難しいという性質上、人がクイナシの実にありつけることは滅多にない。しかし、その発見の困難と獰猛な獣に遭遇する危険の大きさにもかかわらず、クイナシを求めて雪に覆われた森や山中を巡る人が後を絶たないのは、その果実の他に代え難い美味のためであり、その美味を求めてクイナシの実に大枚をはたくことを惜しまない人々が多く存在するためであろう。

今振り返ってみても僥倖としか思われないが、私も冬の林の中で熟したクイナシを発見し、持ち帰って食したことがある。湧き出る唾を何度も呑み込みながら、包丁で丁寧に皮を剥き、とろとろの果肉を頬張った瞬間、顔中に芳香と爽やかな甘みが広がった。それは瑞々しい桃のような触感で、豊水梨のような味がしたが、そういった言葉によって連想させられるものなど遥かに、全く問題にならないほど遥かに凌駕する美味であった。

ちなみに、クイナシの呼称の由来には諸説ある。全体の中で茎の判別が出来ないことから名づけられたクキナシ(茎なし)が訛ったという説、一昼夜食べられずに残っていることがないことから名づけられたクヒナシ(食う日無し)に因するという説、その外観と果実の味からクイナシ(杭梨)という呼称になった説、などである。

東北のある高山地帯では、50年に一度あるかないか、100を超える数で大群生するクイナシが発見されることがあるそうだ。最も近いものでは、戦後間もない頃にクイナシの群生が発見された記録があるが、地元の人々は決してその群生を荒らさなかったという。クイナシの群生は、山の神々がその香りを愉しみながら酒を酌み交わすために集めたものとされているからだ。そして、その伝承はこの現代においても根強く生きている。ここからは私の推測であるが、遠い昔にクイナシの群生を乱獲した者がいて、村が芳香に惹き付けられた獣達によって襲撃されるという事件があったのかも知れない。その過ちを繰り返すことが無いよう、そのような話が作られた可能性は大いにあると思う。
それにしても、雪原を埋めつくす、花を付けたクイナシの群生はさぞ美しいことだろう。味は勿論のこと、あの植物の色も形も、私は大好きなのだ。

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