ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

☆創価学会とはなんざんしょ?★コミュの神社参拝

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
日蓮大聖人は神社参拝を禁じてません。
禁じたのは日興上人です。

開目抄(真蹟)には日蓮の「三大誓願」が書かれています。

京都・叡山・南都で学修した大聖人様は、鎌倉に帰る途中で伊勢神宮に参拝してます。

その時に、「我 日本の柱とならん」「我 日本の眼目とならん」「我 日本の大船とならん」と三つの誓いを立て、伊勢神宮内宮(皇大神宮)に誓願。

この年に日蓮は開宗してます。

八幡大菩薩のときは「なぜ私を守らないのか」と叱責し、伊勢神宮では「誓い」を立てます。

大聖人が神社参拝に対して明確に禁止していない理由はこういうところにあるのでしょう。

ーーーーーー

日興上人は檀家である南部実長が三島大社に参拝したのに腹を立てて対立、それでなくとも、この日興上人は教条主義というか、厳格者というか、協調性に欠けるというか、他の五人とも仲たがいをして大聖人滅後、8年後に分派していまの日蓮正宗や日蓮宗になりました。もっとも日蓮正宗や創価学会の人は、日興上人が正統で、他の五人が分派したと言っています。
しかし大聖人自身が神社参拝を禁止してません。

コメント(3)


先祖に感謝して日々生活してます。

宗教は大嫌いです。心情だから、誹謗でも中傷でもありません。

好き嫌いや嗜好性の問題には一切何の根拠理由は無くても差し支えありません。

其れは人其々の主観だけでOKです。何故ならこういう事には心理と謂う個々人だけの価値観なのですから。

価値観の正邪、高低、上下、尊卑、善悪、優劣などを
云うのであれば確かな根拠理由を示し論理的な説明が必要と為ります。

道理、原理、摂理、定理、公理、実理など即 理性(りしょう)が無ければ為りません!


宗教依存の狂乱妄信者達には己の好き嫌いの感情心理に由る事を

絶対的真理で有るかの如くに迷妄し妄言吐き捨て迷走します。



http://m.mixi.jp/view_diary.pl?&id=1950179754&owner_id=64118945


神社参拝

日記更新しました。

「種々御振舞御書」(真蹟曾存)にも、龍口法難のさい、鎌倉八幡宮に向かって
【いそぎ(急)いそぎこそ誓状の宿願をとげ(遂)させ給ふべきに、いかに此処にはをちあわせ給はぬぞとたかだか(高高)と申す。さて最後には日蓮今夜頸切られて霊山浄土へまいりてあらん時は、まづ天照大神、正八幡こそ起請を用ひぬかみにて候けれと、さしきりて教主釈尊に申し上候はんずるぞ。いたし(痛)とをぼさば、いそぎ(急)いそぎ御計らひあるべしとて又馬にのりぬ】
とあるように、当時、真言宗の僧が別当をしていた鎌倉八幡宮に向かって、早々に法華経守護の約束を果たせよと強く請求しています。
これも、広宣流布しないうちでも、法華経の行者あれば諸天善神は来臨擁護すると云う面を示されている文です。

日蓮大聖人は
氏神など日本古来の由緒ある祭神を祀る神社参詣を否定されてなかったことは、「三沢抄」から伺われます。
「三沢抄」には、
【うつぶさ(内房)の御事は御としよらせ(年老)給て御わたりありし。いたわしく(痛)をもひまいらせ候しかども、うぢがみ(氏神)へまいり(参)てあるついでと候しかば、けさん(見参)に入るならば定てつみ(罪)ふかかるべし。其故は神は所従なり、法華経は主君なり。所従のついでに主君へのけさんは世間にもをそれ候。其上尼の御身になり給てはまづ仏をさき(先)とすべし。かたがたの御とが(失)ありしかば、けさんせず候。】(興師写本存1490頁)

仏は主、神は従という決まりに背いた事を諫めています。この文からは「仏は主、神は従」という決まりに背かなければ氏神に参詣しても良しと考えられていたことが判ります。
また、上掲の「上野殿母御前御返事」に有る「富士千眼大菩薩」とは富士山浅間神社の祭神のことです。上野殿母御前は富士山浅間神社に時には参詣したかも知れません。


帝都弘通の日像上人には次のような話が伝えられています。日蓮聖人第十三回忌にあたる年に日像上人は京都に向かって旅たち、日像上人がいよいよ京都に入り、石清水八幡宮に参詣し、「法華経の法味を供養し京都弘通の志を告げよう」と夜を徹して読経唱題した暁に神主が「夜明け方の夢で、『我が社にに高僧が来ませり。篤く信じて供養参らせよ』とのご神託がありました」と言って日像上人を接待したということです。
いわゆる末法の始め五百年内でも、石清水八幡には悪鬼・魔神は住み着いておらず、祭神の八幡さまがましましたわけです。

日興上人の『原殿御返事』によると、日興上人はつねづね「此の国に守護の善神無しと云う事」と説いていたようですが、日向上人は「守護の善神此の国を去ると申す事は安国論の一篇にて候へども、白蓮阿闍梨外典読みに片方を読んで至極を知らざる者にて候、法華の持者参詣せば、諸神も彼の社壇に来会すべく、尤も参詣すべしと」南部実長殿が三島神社の参詣することを許容したとあります。
室町時代の鍋かぶり日親上人は『伝灯抄』に「日向聖人の御法理正義なるべしと存ぜず」(宗全18巻23頁)と日興上人の意見に賛同していますが、三島神社が釈尊や法華経を貶している教義を宣伝している神社でなかっただろうから、南部実長殿が立場上の事情があって三島神社参拝をしようとしたとしたならば、私としては日向上人の助言指導を理解できます。

『大日本国法華経験記』に「第八十六話天王寺の別当道命阿闍梨」があります。道命阿闍梨は天台座主慈恵大僧正(912〜986年)の弟子なので平安時代初期の逸話です。
道命阿闍梨は読経の声微妙幽美にして聞く人誰も随喜讃歎した。時々法輪寺におこもりして勤行したが、あるとき同宿した一老僧が夢を見た。その夢とは
「堂の庭及び四の隣の辺に、上達部の貴き人、充ち塞ぎて隙なし。皆合掌恭敬して、寺に向ひて住す。また南の方より遙かに音あり。皆人聞きて言はく、金峰山の蔵王・熊野権現・住吉大明神、法華を聞かむがために、この所に来り至るといへり。皆悉く来り訖(おわ)りて、一心に頂礼し、阿閉梨の法花経を誦するを聞けり。住吉明神、松尾明神に向ひてこの言を作さく、日本国の中に、巨多の法華を持する人ありといへども、この阿閉梨をもて最第一となす。この経を聞く時に、生々の業苦を離れて、善根増長す。よりて遠き処より、毎夜に参るところなりとのたまふ。松尾明神の言はく、かくのごとし。かくのごとし。我れ近き処にあれば、昼夜を論ぜず、常に来りて経を聴けりとのたまへり。かくのごとぐ称讃随喜して、闇梨を礼拝せり。時に老宿夢覚めて見れば、道命阿闇梨、法輪寺の礼堂にありて、一心高声に、法華経の第六巻を誦せり。老僧眼より涙を流して、起立し礼拝せり。」(岩波書店日本思想大系・往生伝法華験記164頁)

大聖人滅後すでに7百30余年が過ぎ、大聖人の教えに基づき勤行唱題する者は格段に増加しています。したがって、諸天善神も妙法の法味を十分味わえるようになっています。ですから諸天善神は当然、還帰し、法味納受していると思います。

釈尊や法華経を誹ったり、日蓮大聖人の教えに背いた教義を盲信しながらお題目を唱える者たちの拠点ではない所の、氏神とか古来からの由緒ある神社ならば、妙法正信の者が参拝唱題すれば祭神はその場に来臨してくれるだろうと思います。



ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

☆創価学会とはなんざんしょ?★ 更新情報

☆創価学会とはなんざんしょ?★のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング