3)シューマッハー・カレッジの「Design for Life」という短期コースに参加(03年3月) * バイオミミクリの考え方など。 * オーストラリアのエコビレッジ、クリスタル・ウォーターズの勉強会。 * サティシュから、「You are therefore I am」の翻訳許可をもらう。出版社を探してくれと依頼を受ける。
2.「You are therefore I am」翻訳作業。 (この経緯は『君あり、故に我あり』の訳者あとがきに詳しい) ○シューマッハーの「Small is beautiful」を訳した酒井懋(つとむ)さんの協力。 * 酒井さんは引用文の原典を探してくれるなどさまざまな協力をしてくれた。 ○酒井さんに紹介してもらった、唯称寺住職新作博明さんの協力。 * ヒンズー語やサンスクリット語の音のカタカナへの置き換え。 * 地名のチェック。 ○家族の協力。 * サティシュの「You are therefore I am」も、一種のファミリー・プロジェクトだった(娘さんが口述筆記、奥さんが校正)ので、翻訳もその同じスタイルを採りたいと思った。 * 息子さんが翻訳の手伝い、奥さんが読みやすく校正。
3.サティシュとシューマッハーのつながり:仏教経済学 ○シューマッハーの「Small is beautiful」に記されている‘仏教経済学’という考え方に惹かれたサティシュがシューマッハーに会いにいく。 ○シューマッハーはビルマを訪れたとき、そこに根ざしている‘仏教経済学’に気づく。 ○例えば日本の江戸時代や、『懐かしい未来』の舞台ラダックも、仏教経済学で成りたっている。GNHのブータンも。 ○インドで、その‘仏教経済学’が崩壊していることを目の当たりにする。 ○つくりだされた貧困から経済を立てなおすことに取りくんだのはガンジー。 ○仏教経済学とガンジー経済学のつながり。 ○シューマッハーは「Small is beautiful」執筆に取りかかる。 ○副題の'as if people mattered' に当てられた「人間中心の経済学」という和訳が、自然や動物をないがしろにするという誤解を招く恐れ。シューマッハーの言うPeopleは「人間」というよりは、「民衆」「庶民」。だから、「民衆、庶民中心の経済」という思いだった。 ○そうして書かれた「Small is beautiful」にサティシュは感銘を受ける。
5.尾関さんとシューマッハーとの出会い ○1973年、石油ショックのとき、当時三菱総研にいた尾関さんは、エネルギー源としての原子力について調査依頼を受けるが、原子力発電の危険性と高速増殖炉の非現実性などを報告書で指摘したところ、依頼主であるに政府からお叱りを受け、上司とともに頭を下げに行く羽目になった。特に高速増殖炉に関しては、「これはいかん。大変なことになる」との思いを強くし、ソフトエネルギーへの傾倒が始まる。また、シューマッハーに習い、石炭の利用を訴えるレポートも提出。当時話題になっていた『ソフト・エネルギー・パス—永続的平和への道』(エイモリー・ロビンズ著)の分散型エネルギーの発想に刺激を受ける。 ○ちょうど「Small is beautiful」がベストセラーになっていた年。 ○そこには「原子力」という章も含まれていて、ITはITでもIntermediate Technology(中間技術)、中小企業のための経済、という考え方などに、尾関さんも感銘を受ける。 ○2004年、国際経済学会という、ほとんど近代経済学の集まりといっていい会で尾関さんは、「シューマッハー経済学と国際経済論」という論文を出す。大学では、「Small is beautiful」をテキストとして活用している。