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New York Schoolコミュの《Three Voices》(1982)について語らせろ

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コメント(17)

ひとまずこの2つから

http://www.cnvill.demon.co.uk/mfjlb.htm

http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9B01E2DE1138F934A25757C0A963948260
こっちの方を訳してみました。

http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9B01E2DE1138F934A25757C0A963948260

下訳段階ですが、こんな感じになります。↓


Music / Noted in Brief; Joan La Barbara In Feldman Premiere

by Jon Pareles

モートン・フェルドマンの“Three Voices” は、彼の作曲としての、そしてソプラノのジョアン・ラ・バーバラの歌い手としての技量をこの上なく見せ付ける傑作である。日曜日、彼女の生の歌唱とテープを用い、ホワイト・ストリート17番地にあるオルタナティヴ・ミュージアムでこの曲のニューヨーク初演が行われた。


1982年に書かれた、この90分に及ぶ曲の間中、ラ・バーバラ女史は2つのラウド・スピーカーの間に立ち、予め録音されたテープのパートと共に歌う。他には何も無く、この曲はただそれだけである。


幽霊のワルツのように、そのパルス(拍動)は緩やかだ。ヴィブラートをかけない歌声はピアニッシモ以上に高まることは決して無く、フランク・オハラによるテキスト(詩)の1行:“Who’d have thought that snow falls? (雪が降るなんて誰が思ったであろうか?)”‐ は“ah’s”が約40分続いた後にようやく聴こえてくる。


だが、この構造の中には多くの出来事が起こっているのだ。そこには厳格な意味での反復はごく僅かだ。いや、殆ど無いとでも言えるだろう。;微かに長さを変え、悠長なタイム・テーブル(時間の進行)で半音階の中を漂う循環的なモチーフがそこにあるだけなのだ。


しばしば3つの声部は、スムーズな連結でのブレス、または重なり合い、または静穏な(配置の)休符によって徐々に分かれていく和音の中で溶け合う。他のセクションにおいて、これらの声部は、強いリズムbeat(まぼろしの鼓動する音符)を引き起こすためにクラスターを形成する(音塊となる)。つまり、これらの声部は、超人的に精確な抑揚(イントネーション)をラ・バーバラ女史に要求する半音階進行、もしくは保続音となるのだ。


絶えず変化し続ける静謐さの中で、“Three Voices”はそのテクストを全うする。また、この曲はケージの弦楽四重奏やシュトックハウゼンの“Stimmung”のような、この世を超越した現代の記念碑に加わる作品だ。
◆もう1つの方はこんな感じになりました。


“Three Voices”の成立と歩みについての一考察;A Reflection on the Genesis and History
of “Three Voices”
ジョアン・ラ・バーバラ  by Joan La Barbara


ベルリン滞在中の1981年、私は現地からモーティ(フェルドマン)に手紙を出し、私のためにオーケストラ作品を書き下ろしてくれるよう彼に依頼した。彼からの返事には、オーケストラの演奏を実現するに伴う諸々の事情説明と、彼がオーケストラ作品に代わるものを構想していることがしたためてあった。それから程なくして彼は“Three Voices”を私の元へ送ってきた。その楽譜に同封されていた手紙は1982年4月23日の日付が付されていた。そこに書いてあったのは以下の文面である:

親愛なるジョアンへ

これがその曲です。ほとんど全ての音が“gorgeous 素晴らしい” 響きにはならなかったものの(もちろん全ての音が見事に鳴り響くなんてことを最初から期待していなかったのだが)、感覚を研ぎ澄ませて耳を傾けてみると、いくらかの衝撃を受けました。この曲の歌詞(言葉)は“Wind”の冒頭2行から取られたもので、この詩はフランク・オハラが私(フェルドマン)のために書いてくれたものだ。私は、フランクがこの曲の“gorgeous素晴らしさ”を担う側面と何らかの関係があるのではないかと思っているのだが・・・

下声部は君(ジョアン)が“live”と歌う箇所で、その他2声部は層状に重なる − 2つの(ラウド・)スピーカーをどこに置くべきなのか、未だ見当がつかないのだが−。この曲は私がテンポ表示を付けていない、数少ない作品のうちの1つでもある。− 君の声色(tone)を感じ取ること、そして君がいかに呼吸するかによって、君が歌うべきこの曲の速さが決まってくるのだ − “fast”な遅さでも(それが何を意味しようとも)、また“slow”でも素晴らしい響きとなるだろう。  

もちろん、どんな理由であれ、君は常にこの曲を再演しても良いのだよ。

愛を込めて。
離れ離れになっている僕(Mort)より。

Morty


この曲の練習に取り掛かった時、私は先に控えていたコンサートの演目にこの曲を入れることができるように、この曲がどれほどの長さなのかをはっきりさせる為、彼(フェルドマン)に電話をかけた。すると彼は“約45分だろうか”と答えてくれたので、私はいくつかの演奏会で他の曲と一緒にこの曲をプログラムに組み込んだ。いざ、上声2部の録音を始めてみると、私はパニックに陥り、再び彼に電話をかけた。“モーティ、(考えていた長さの)ほぼ2倍になってしまったわ!約90分になってしまったの!”“おお、そうかい。私はいつもそのくらいの長さ(約90分)になるだろうと思っていたんだよ。”

そして、これが初演時の長さとなり、午後11時に始まり、真夜中まで続いたのだった・・・・あたかも、それは広大で美しい空間の中に広がる永遠のように。

彼が死んだ時、私は茫然自失となった。最愛の友への永遠の賛辞を送るため、私は“Three Voices”のレコーディングに踏み切ったが、90分という長さが1枚のCDに収めるには長過ぎるという問題に直面した。私はこの曲を2枚のCDに分割したくはなかったので、楽譜上にある速い動きの音形の箇所に立ち返り、今までよりも速く、つまり、各々の音高が明瞭に聴こえる極限の速さでそれらの箇所が歌えるように練習した。最終的な結果として、彼の当初のアイディアに最も近い、45分という時間で歌うことができたのだった。


この作品には45分と90分という2つのヴァージョンがある。速いヴァージョン(45分)において、聴き手は、複雑な和音のからなる不安定な静止から、突如嵐へと押しやられる。私が思うに、ここに、熊が吹雪の中で、決して降ることのない、ぐるぐる旋回する雪玉の罠に囚われているという、オハラのイメージを感じ取ることができる。:“決して何も降らない”。 90分という遅い方のヴァージョンでは、より一層洗練された、豊かな音の風景の中で各々の瞬間を聴き手は体験し、おそらく、ニヒリスティック(虚無的)な意味で、抽象表現主義の芸術家の“nothing無” に対する心酔へと惹きつけられるだろう。

フェルドマンの死の大分前から、彼の音楽を擁護し、そして引き続きそれを信奉していたジョン・ロックウェルの強い意志のお陰で、私はこの曲の演奏に際し、90分ヴァージョンの方へと戻っている。1985年4月14日、オルタナティヴ・ミュージアムで、フェルドマン同席の下で行われたのが、この曲の一番最近の演奏である。オリジナルの録音は1983年2月に、サウンド・エンジニアのジョージ・ブルーナーと共に行われた。  
近日中にちゃんと決定稿をupします。
Morton Feldman PageのBBSから転載

Hi All (esp. in NYC),

Medicine Show to present Morton Feldman's "Three Voices" with
soprano Beth Griffith on June 17th and 18th

MEDICINE SHOW THEATRE, one of NYC's longest-running experimental
theatres, is pleased to announce that it will present a concert staging
of "THREE VOICES" by American composer MORTON FELDMAN. Performed
by soprano BETH GRIFFITH, whose solo recording of this piece won the
German Record Critics Prize, the event takes place on JUNE 17th and
18th at 9:30 PM at THE MEDICINE SHOW THEATRE, 549 West 52nd St., 3rd
Floor (between 10th and 11th Ave.). "THREE VOICES" is being
presented in conjunction with Medicine Show's theatrical production
of "The Republic Of Poetry." Tickets for the theatrical production
and the concert are $15; tickets for the concert alone are $10.
Reservations are available by calling the theatre at (212) 262-4216 .
For more information, please log into www.medicineshowtheatre.org.

Feldman conceived "THREE VOICES" to performed by three identical
soprano voices: a live singer performs one voice while the other two
are played back on tape over loudspeakers placed on either side of her.
According to author Paul van Emmerick, the loudspeakers are meant to
represent the tombstones of painter Philip Guston and poet Frank O'
Hara. "The composition is thus a metaphor for a conversation of a
'living voice with the voices of the dead', and is thereby not just
a memorial to Guston and O'Hara, but also a dirge for the generation
of artists to which Feldman belonged."

Each performance of "Three Voices" will begin with WILLIAM
HELLERMANN of the DownTown Ensemble doing a short reading of the
writings of Morton Feldman.

Soprano BETH GRIFFITH's solo recording of Feldman's "Three
Voices" was awarded the Preis der deutschen Schallplatten Kritik in
1989. She originally sang the European premiere of "Three Voices"
at a Feldman Festival in Cologne, Germany, which led to Feldman
inviting her to perform it again at a New Music America festival, the
first of dozens of worldwide invitations to follow. Ms. Griffith has
sung in festivals in Darmstadt, Witten, Bratislava, Brussels, Dublin,
London, La Rochelle, Moscow, Paris, Prague and Warsaw. She has appeared
with Sequentia, Musikfabrik, Ensemble13, L'Art pour L'Art, Cologne
Radio Symphony Orchestra, and the Paris Nouvel Orchestra Philharmonique
and has worked with composers John Cage, Morton Feldman, Mauricio Kagel
and Karlheinz Stockhausen.

Composer MORTON FELDMAN (1926-1987) was a contemporary of John Cage.
Under Cage's influence, Feldman began to write pieces which had no
relation to compositional systems of the past, such as the constraints
of traditional harmony or the standard system of musical notation.
Feldman was inspired by abstract expressionist painters such as Mark
Rothko and Jackson Pollack as well as poet Frank O' Hara.

MEDICINE SHOW THEATRE ENSEMBLE was founded in 1970 by Barbara Vann and
the late James Barbosa.The company is dedicated to offering creative
alternatives to conventional theatre by creating and presenting works
that experiment with language, music, movement, form and ideas. The
works are chosen to delight the mind, honor creativity, confound empty
convention, encourage active compassion and present the many facets of
the American experience within a global community.
###

Regards -
Chris


VILLARS EDITION
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Chris Villars

Homepage: www.cnvill.demon.co.uk/index.htm
翻訳についてですが、あくまでも「訳」なので、原文の筆者によって書かれた事実と異なる箇所には注釈をつけるかたちで仕上げる予定です。そうすれば「翻訳」としての体面を保つことと、正しいインフォメーションを伝えるためのテクストしての機能を果たせると思うのですが。
作品データ

完成:1982年4月15日
初演日:1983年3月4日 
場所:Valencia,Calif., California Institute of Arts
演奏者&献呈者:Joan La Barbara

出版:Universal Edition 17634
(草稿譜はPaul Sacher Stiftungに所蔵)
New York Timesの記事の方を改訂したら、こんな感じになりました。

(April 17, 1985 New York Times)
Music / Noted in Brief; Joan La Barbara In Feldman Premiere
by Jon Pareles

 モートン・フェルドマンの《Three Voices》 は、彼の作曲としての、そしてソプラノのジョアン・ラ・バーバラの歌い手としての技量をこの上なく見せ付ける傑作である。日曜日、彼女の生の歌唱とテープを用い、ホワイト・ストリート17番地にあるオルタナティヴ・ミュージアムでこの曲のニューヨーク初演が行われた。


 1982年に書かれた、この90分に及ぶ曲の間中、ラ・バーバラ女史は2つのスピーカーの間に立ち、予め録音されたテープのパートと共に歌う。他には何も無く、この曲はただそれだけである。


 この曲に現れるパルスは幽霊のワルツのような緩やかさだ。ヴィブラートをかけない歌声はピアニッシモ以上に高まることは決して無く、フランク・オハラによるテクストの1行:“Who’d have thought that snow falls? (雪が降るなんて誰が思ったであろうか?)”‐ は“ah’s”(※1)が約40分続いた後にようやく聴こえてくる。


 だが、この構造の中には多くの出来事が起こっているのだ。そこには(同一のものの繰り返しという)(※2) 厳格な意味での反復はごく僅かだ。いや、殆ど無いとでも言えるだろう(※3) 。;微かに長さを変え、悠長な時間の進行で半音階の中を漂う循環的なモチーフがそこにあるだけなのだ。


 しばしば3つの声部は、スムーズに連結するブレスや重なり合い、または密やかな休符によって徐々に分かれていく和音の中で溶け合う。他のセクションにおいて、これらの声部は、強い拍動(幻影のように揺らめく音符)を引き起こすために密集した音塊を形成する。つまり、これらの声部は、超人的なまでに精確な抑揚(イントネーション)をラ・バーバラ女史に要求する半音階進行、もしくは保続音となるのである。


 絶えず変化し続ける静謐さの中で、《Three Voices》はそのテクストを全うする。また、この曲はケージの弦楽四重奏(※4) やシュトックハウゼンの《Stimmung》のような、この世を超越したとでも言うべき、現代の記念碑に加わる作品だ。


[訳注]
※1 スコアでは、ヴォカリーズ箇所に対する母音の指示はなされていない。

※2( )内は訳者による補足箇所。

※3 実際にスコアを見てみると、短い同一フレーズによる反復がこの楽曲を形成する大きな要素となっており、ここで記されている記述には若干の事実誤認があることを付け加えておこう。

※4 ここで記述されている「ケージの弦楽四重奏」は、ノン・ヴィヴラート奏法の導入等で脚光を浴びた《String Quartet in four parts》(1950)を指す可能性が高い。
もう1つの方の訳はこんな感じです。これにも訳注を付けました。

“Three Voices”の成立と歩みについての一考察;A Reflection on the Genesis and History
of “Three Voices”
ジョアン・ラ・バーバラ  by Joan La Barbara


ベルリン滞在中の1981年、私は現地からモーティ(フェルドマン)に手紙を出し、私のためにオーケストラ作品を書き下ろしてくれるよう彼に依頼した。彼からの返事には、オーケストラの演奏を実現するに伴う諸々の事情説明と、彼がオーケストラ作品に代わるものを構想していることがしたためてあった。それから程なくして彼は“Three Voices”を私の元へ送ってきた。その楽譜に同封されていた手紙は1982年4月23日の日付が付されていた。そこに書いてあったのは以下の文面である:

親愛なるジョアンへ

これがその曲です。ほとんど全ての音が“gorgeous 素晴らしい” 響きにはならなかったものの(もちろん全ての音が見事に鳴り響くなんてことを最初から期待していなかったのだが)、感覚を研ぎ澄ませて耳を傾けてみると、いくらかの衝撃を受けました。この曲の歌詞(言葉)は“Wind”の冒頭2行から取られたもので、この詩はフランク・オハラが私(フェルドマン)のために書いてくれたものだ。私は、フランクがこの曲の“gorgeous素晴らしさ”を担う側面と何らかの関係があるのではないかと思っているのだが・・・

下声部は君(ジョアン)が“live”と歌う箇所で、その他2声部は層状に重なる − 2つのスピーカーをどこに置くべきなのか、未だ見当がつかないのだが−。この曲は私がテンポ表示を付けていない、数少ない作品のうちの1つでもある。− 君の声色を感じ取ること、そして君がいかに呼吸するかによって、君が歌うべきこの曲の速さが決まってくるのだ − “fast”な遅さでも(それが何を意味しようとも)、また“slow”でも素晴らしい響きとなるだろう。  

もちろん、どんな理由であれ、君は常にこの曲を再演しても良いのだよ。

愛を込めて。
離れ離れになっている僕(Mort)より。

Morty


この曲の練習に取り掛かった時、私は先に控えていたコンサートの演目にこの曲を入れることができるように、この曲がどれほどの長さなのかをはっきりさせる為、彼(フェルドマン)に電話をかけた。すると彼は“約45分だろうか”と答えてくれたので、私はいくつかの演奏会で他の曲と一緒にこの曲をプログラムに組み込んだ。いざ、上声2部の録音を始めてみると、私はパニックに陥り、再び彼に電話をかけた。“モーティ、(考えていた長さの)ほぼ2倍になってしまったわ!約90分になってしまったの!”“おお、そうかい。私はいつもそのくらいの長さ(約90分)になるだろうと思っていたんだよ。”

そして、これが初演時の長さとなり、午後11時に始まり、真夜中まで続いたのだった・・・・あたかも、それは広大で美しい空間の中に広がる永遠のように。

彼が死んだ時、私は茫然自失となった。最愛の友への永遠の賛辞を送るため、私は“Three Voices”のレコーディングに踏み切ったが、90分という長さが1枚のCDに収めるには長過ぎるという問題に直面した。私はこの曲を2枚のCDに分割したくはなかったので、楽譜上にある速い動きのフレーズの箇所に立ち返り、今までよりも速く、つまり、各々の音高が明瞭に聴こえる極限の速さでそれらの箇所が歌えるように練習した。最終的な結果として、彼の当初のアイディアに最も近い、45分という時間で歌うことができたのだった。


この作品は(演奏家の裁量と力量次第で ※1 )45分と90分という2つの演奏時間が考えられる。速いテンポでの演奏(45分)において、聴き手は複雑な和音のからなる不安定な静止から、突如嵐へと押しやられる。私が思うに、ここに、熊が吹雪の中で、決して降ることのない、ぐるぐる旋回する雪玉の罠に囚われているという、オハラのイメージを感じ取ることができる。:“決して何も降らない。” 90分という遅いテンポによる演奏では、より一層洗練された、豊かな音の風景の中で各々の瞬間を聴き手は体験し、おそらく、ニヒリスティック(虚無的)な意味で、抽象表現主義の芸術家の“無nothing” に対する心酔へと惹きつけられるだろう。

フェルドマンの死の大分前から、彼の音楽を擁護し、そして引き続きそれを信奉していたジョン・ロックウェルの強い意志のお陰で、私はこの曲の演奏に際し、90分という演奏時間の方へと戻っている。1985年4月14日、オルタナティヴ・ミュージアムで、フェルドマン同席の下で行われたのが、この曲の一番最近の演奏である。オリジナルの録音は1983年2月に、サウンド・エンジニアのジョージ・ブルーナーと共に行われた。


[訳注]
※1 ( )内は訳者による補足。フェルドマン自身が述べているように明確なテンポ表示は為されていないが、CD録音に際し、バーバラの「何としてでも1枚のCDにこの楽曲を収めたい」との熱意から45分と言う驚異的な速さでの演奏が実現されたのである。従って、本文が意味するところの「2つのヴァージョン」以外にも、演奏者の解釈によって様々なテンポによる演奏が存在しうるのである。
Chris Villars さんによる上記BBSの書き込みのポイントはここですね。

↓

According to author Paul van Emmerick, the loudspeakers are meant to represent the tombstones of painter Philip Guston and poet Frank O' Hara. "The composition is thus a metaphor for a conversation of a 'living voice with the voices of the dead', and is thereby not just a memorial to Guston and O'Hara, but also a dirge for the generation of artists to which Feldman belonged."
私のオリジナルによるテキスト(と言ってもどーなるのか分かりませんが)も現在仕込み中です。

作品解説的な内容+フェルドマン&オハラの熱い男の友情についてのアレコレを書こうかな、と。
Wind

Who’d have thought
that snow falls
it always circled whirling
like a thought
in the glass ball
around me and the bear


Then it seemed beautiful
containment
snow whirled
nothing ever fell
nor my little bear
bad thoughts
imprised in crystal

beauty has replaced itself with evil


And the snow whirls only
it fatal winds
briefly
then falls

it always loathed containment
beasts
? love evil
書き忘れましたが、↑は《Three Voices》のテクスト、フランク・オハラさんの“WIND”です。CDのライナーに載っていたので無断転載しました。ごめんなさい。


 曲の中では

 Who’d have thought that snow falls と

 snow whirled
 nothing ever fell が使われています。


 途中で霰の様に“nothing”が降ってきますね。怖いです。

 
> オリジナルテキスト

すばらしい! もろもろ、宜しくお願いします。
(訳文に関してはちょっとお待ちを。若干確認事項がありまして。)

ところで、オハラの「Wind」については、誰かの訳詩ってありますか?

・・・もし、無かった場合は・・・・・・
資料を集めたので自分なりの「何か」を書きたいのですが、書けるかどうか。。。間に合いそうだったらここにupします。


オハラの“Wind”は日本語の翻訳は出ていないはずです。平易な言葉だけに、奥が深くて、翻訳するのが難しいですね。

訳文の確認事項についてはメールもしくはこの欄でどうぞ。
何かを書きました。ここに載せるか、それともactionmusicさまにお送りするか、どうしましょ?

ここに載せるとネタバレですね。

因みに、文章はWordで作成しております。wordの脚注は、ここに貼り付けた時には反映されないみたいです。
あ、できてるんですね、ならば、直接送って下さい。

アドはサイトにあります。

今、実は音源の最終編集作業中なので、
帰宅後の確認になりますが。

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