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New York Schoolコミュの実験音楽というけれど

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どーなんでしょうね。

とりあえず、“Noise Water Meat" でも読んでおくか。

Music Today (No.18,1994.)

Cageさん特集

コメント(25)

Zappaさんと《4′33″》

そー言えばCANもいたな。
counterpoise  について調べてみよう。
スーザン・ソンタグ 「反解釈」

erotics とNew York School
Wolffさんが入っていない

http://www.artandculture.com/cgi-bin/WebObjects/ACLive.woa/wa/movement?id=593
おととい、『アメリカ実験音楽は民族音楽だった』先生にお会いしました。

先生からの情報に拠れば、今年か来年早くにライヒさんが70歳記念の一環として来日するようです。アンサンブル・モデルンも。

※4月8日のネタ、まだ考えていません。もう逃げたいです。
大阪でのレッスン消化試合が7時から始まるので
この時間に起きてます。

こういう場所なのでその先生に関する基本情報について伺いますが、
今は京都在住?
「植物文様」さんとは別居?
夫婦関係は円満?

あ、お会いしたのも「植物文様」の会場ですか、ひょっとして。

ライヒ来日については、どの辺が動かしてるのかしら。
それもひょっとして「植物文様」さん?


オペラシティのコンクール審査でも来日予定があるので、
70歳アニヴァーサリーはあるとしても、来日はないと思ってました。

ちなみに、ライヒと、フェルドマンの78年以後における反復手法
っていうのは、相互にはどのように意識していたのでしょうか。
昨日、ちょっとした情報を某筋(《植物文様》先生のお弟子さん)から仕入れてきました。

>今は京都在住?

 50%位正解。しかし、それが色々と事情がありまして・・・



>「植物文様」さんとは別居?
  夫婦関係は円満?
 
 これもそう簡単には行かないようです。かなりの泥仕合のよ様相を呈しているみたいです。男女のお話は、音律の計算のようには割り切れないようで・・・


 ライヒさんの来日があるのは確かなのですが、肝心のご本人のスケジュールがどーにもこーにも行かないらしく、詳細は未定のようです。《Three Tales》をやるらしいというとのことですが、これも何だか分かりません。

 フェルドマンさんとライヒさんの78年以降の反復技法との関連性について↓

 フェルドマンさんはグラスさんとライヒさんの音楽を非常に強く意識していたらしく、お忍びでこっそりとグラスさんのコンサートに出没していたようです。

 少々乱暴ですが、ミニマル・ミュージックを「反復音楽」と捉えることが出来るならば、フェルドマンさんの60年代後期からはミニマル的色合いを窺えますしね。

 フェルドマンさんはライヒさんの《Four Organs》に触発されて、《Pieces for Four Pianos》を書いたとか。

 この辺の事実関係についてはライヒさんのエッセイ集、『Writings on Music』の“Feldman”という項目に書いてあります。
 
> 男女のお話は、音律の計算のようには割り切れないようで・・・

昨日のフェラーリに、お二人連れで
いらっしゃっていたようにお見受けしたのですが。。。
(ひょっとして仮面?)

ところで、「Three Tales」っていうのは、
まさか、CDに付いているDVD映像を上映するだけじゃあるまいね。

> ライヒさんのエッセイ集、『Writings on Music』

これはもってました。今度見ておきます。
これ、誰か日本語版出さないの?


あ、そういえば、5月の「Three Voices」についてなんですが、
当日配布するものとして、何か書きませんか?
(但し謝礼は出せませんが・・・入場ご招待ぐらいはできます。)
夫婦関係についてですが、「仮面」以前のお話のようです。
色々な愛のかたち、パートナーシップがあるんです、きっと。

・卒論の時に『Writings on Music』の大半を訳しています。これをいつかどこかに持ち込みしようかな、と。


>「Three Tales」っていうのは、
まさか、CDに付いているDVD映像を上映するだけじゃあるまいね。

多分、それは無いかと・・・
現時点では殆ど何も決まっていないみたいです。
大丈夫なのかな?グダグダ進行の予感がします。



>5月の「Three Voices」についてなんですが、
当日配布するものとして、何か書きませんか?

私の書くもの、言うことはインチキなので・・・
> 卒論の時に『Writings on Music』の大半を訳しています。
> これをいつかどこかに持ち込みしようかな、と。

まずは「翻訳権」の取得が肝心。
これについては、既に誰かに取られている可能性が高いから、
持ち込む前に、よく調べておく方が良いですよ。
いや、本気で、今すぐ調べて、誰も取ってなければ、
即刻申請した方がいいです。マジで。

「Three Voices」については、是非、前向きにご検討願います。
ひとまず、次の2つについて、翻訳をしませんか?
http://www.cnvill.demon.co.uk/mfjlb.htm
http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9B01E2DE1138F934A25757C0A963948260

・・・え? そんなこと、タダじゃやらないよ、って?
訳すだけなら、まぁ、なんとか・・・

でも イ ン チ キ  ですけれどね。
上記2つの納期はいつまでですか?

8日以降に取り掛かります。
この辺のインタビューも面白そうですね。ちょうど1982年のものですし。まだ読んでいないので参考に読んでみます。

http://www.cnvill.demon.co.uk/mfgagne.htm
こっちの方を訳してみました。

http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9B01E2DE1138F934A25757C0A963948260

下訳段階ですが、こんな感じになります。↓


Music / Noted in Brief; Joan La Barbara In Feldman Premiere

by Jon Pareles

モートン・フェルドマンの“Three Voices” は、彼の作曲としての、そしてソプラノのジョアン・ラ・バーバラの歌い手としての技量をこの上なく見せ付ける傑作である。日曜日、彼女の生の歌唱とテープを用い、ホワイト・ストリート17番地にあるオルタナティヴ・ミュージアムでこの曲のニューヨーク初演が行われた。


1982年に書かれた、この90分に及ぶ曲の間中、ラ・バーバラ女史は2つのラウド・スピーカーの間に立ち、予め録音されたテープのパートと共に歌う。他には何も無く、この曲はただそれだけである。


幽霊のワルツのように、そのパルス(拍動)は緩やかだ。ヴィブラートをかけない歌声はピアニッシモ以上に高まることは決して無く、フランク・オハラによるテキスト(詩)の1行:“Who’d have thought that snow falls? (雪が降るなんて誰が思ったであろうか?)”‐ は“ah’s”が約40分続いた後にようやく聴こえてくる。


だが、この構造の中には多くの出来事が起こっているのだ。そこには厳格な意味での反復はごく僅かだ。いや、殆ど無いとでも言えるだろう。;微かに長さを変え、悠長なタイム・テーブル(時間の進行)で半音階の中を漂う循環的なモチーフがそこにあるだけなのだ。


しばしば3つの声部は、スムーズな連結でのブレス、または重なり合い、または静穏な(配置の)休符によって徐々に分かれていく和音の中で溶け合う。他のセクションにおいて、これらの声部は、強いリズムbeat(まぼろしの鼓動する音符)を引き起こすためにクラスターを形成する(音塊となる)。つまり、これらの声部は、超人的に精確な抑揚(イントネーション)をラ・バーバラ女史に要求する半音階進行、もしくは保続音となるのだ。


絶えず変化し続ける静謐さの中で、“Three Voices”はそのテクストを全うする。また、この曲はケージの弦楽四重奏やシュトックハウゼンの“Stimmung”のような、この世を超越した現代の記念碑に加わる作品だ。
敢えて原文を参照せず、日本語だけを見て申し上げます。

> ラウド・スピーカー

日本語的には、「スピーカー」で誤解はないかと。

> “ah’s”が約40分続いた後にようやく聴こえてくる。

この“ah’s”とは、母音唱法のことなんでしょうね。
日本語としては、何て言うべきでしょうかね。

> だが、この構造の中には多くの出来事が起こっているのだ。そこには厳格な意味での反復はごく僅かだ。いや、殆ど無いとでも言えるだろう。;微かに長さを変え、悠長なタイム・テーブル(時間の進行)で半音階の中を漂う循環的なモチーフがそこにあるだけなのだ。

「厳密な意味での反復がない」に続く部分は、
「反復っぽいけど、実際は反復ではなく、実は微妙に違うんですよ」
っていうことを言いたいのではないかと推測しますが、
そういうニュアンスでうまく訳せませんかね?

> しばしば3つの声部は、スムーズな連結でのブレス、または重なり合い、または静穏な(配置の)休符によって徐々に分かれていく和音の中で溶け合う。他のセクションにおいて、これらの声部は、強いリズムbeat(まぼろしの鼓動する音符)を引き起こすためにクラスターを形成する(音塊となる)。つまり、これらの声部は、超人的に精確な抑揚(イントネーション)をラ・バーバラ女史に要求する半音階進行、もしくは保続音となるのだ。

この部分は、ひょっとすると楽譜を参照すべきかもしれません。
ちなみに、お持ちでしょうか?(国立図書館にありますが。)

「beat」は、ひょっとすると「うなり」の意味かな? とも。
(半音のぶつかりの結果生ずる「うなり」を意味するのではなかろうか。)

> ケージの弦楽四重奏

これって、どれのことでしょうね?
「4部」? 「30 pieces」?


・・・あ、ところで、完訳ヴァージョンができたら、
ウェブに掲載してしまってもいいですか?
(もちろん、翻訳クレジットはつけますが。)
楽譜持っていません。国音にあるんですか。
芸大に取り寄せるか、コピーしに行くか、考えてみます。

ところで、当日は45分or90分ヴァージョンのどっちを演奏するのでしょうか?


◆“ah’s”を「“ah’s”と歌われるヴォカリーズ」と表記するのも1つの手ですが、どーなんでしょう。


◆そこには厳格な意味での反復はごく僅かだ。 

 いわゆる「同じモティーフが繰り返されるというかたちでの反復は殆ど見られない」という意味の方が近い気がします。

 楽譜を参照すべき所ですね。

◆beatが何を示しているのかも、楽譜から判断すべき箇所かもしれません。

 リズム、拍、アタック、打撃音などなど、この一語をニホンゴにするのはムズカシイ。“うなり”説でも良いかもしれませんね。音のぶつかり合いから生じる“うなり”を含めた意味での衝撃またはアタックをbeatと言っているのかもしれません。

◆“ケージの弦楽四重奏”も要検討ですね。

ずるい逃げ方として、「ケージ作曲の弦楽四重奏曲群」と言う手もありますが、やっぱりこれはずるいです。


怖い世の中ですが、ウェブ掲載okです。完成までもう少しお待ち下さい。
桐朋にも楽譜が所蔵されていますね。しかし、どちらも遠い。
> 楽譜持っていません。国音にあるんですか。
> 芸大に取り寄せるか、コピーしに行くか、考えてみます。
> 桐朋にも楽譜が所蔵されていますね。しかし、どちらも遠い。

あんなに長いくせに、18ページしかありませんので、
コピーでよければお送りしますが。
(ちなみに、僕が持っているのも元ネタ@玉川上水ですが。)
それでよければ、住所をお知らせ下さい。

> 45分or90分ヴァージョンのどっちを演奏するのでしょうか?

これは、両ヴァージョンある、というわけではなく、
楽譜にテンポの指示がないために、演奏時間が不確定なだけです。
バーバラは、CD録音に際して、習熟して速くなったのだと思います。
しかしバーバラのCDは、速い部分(32分音符部分)が速すぎるし、
そのテンポで考えても遅いはずの部分は速くなっているので、
全体に「フェルドマネスク」ではなくなっていると思ってます。
「これではフィリップ・グラスのようだ」という感想も。。。

今回は、速い部分をしっかり音程をとれるテンポで設定し、
そのテンポを全体にキープすることを遵守して演奏します。
その結果、恐らく、80分くらいになると思います。

・・・ということについては、一応、サイトの方にも宣言しています。
http://www.komp.jp/06_05_26.html

>「“ah’s”と歌われるヴォカリーズ」

テキストがつけられているわずかな部分以外は、全て、
何のテキストもありませんし、具体的な指示は楽譜にありません。
他の曲では、「若干口を開いたハミング」という指示もあります。
しかし、1970年代の作品ならともかく、この曲を全部そのように
演奏すると、声が持ちませんので、この点については、
CDにならって、ヴォカリーズにしたいと思っています。
少なくとも「Ah」という指示もありませんし、
本来はハミングでやるべきところとも思いますので、
この部分の訳は、単に「ヴォカリーズ」とした方が無難かと。

> そこには厳格な意味での反復はごく僅かだ。 

「反復問題」については、楽譜をご覧になればわかりますが、
実は、ほとんどの部分で反復が存在します。
2回繰り返す、というのが多いですが、×3や×4等も多数あります。
従って、この記者の記事は、印象に基づいたもの、と言えます。
恐らく、聴いた感じとして、若干ずつ変化して聴こえたのでしょう。
しかし実態としては、「殆どの部分が厳密な反復を伴う」ので、
この文章は明らかに事実に反しているのです。
(どうやってこのことを踏まえた翻訳をするべきか。。。)

> beatが何を示しているのか

ちょっと英文も読み返してみましたが、僕はやはり、
3声が半音クラスター状態で重なる部分があるので、
例えばそのような部分で、ビート(うなり)が生じている、
そのことを表現した文章であるような気がします。
throbbing phantom notes は、うなりの現象(擬似振動音)を
説明した言葉ではないでしょうか?
英文の音響学の専門書などを調べる必要があるかもしれません。

> “ケージの弦楽四重奏”も要検討ですね。

この文章が書かれたのが1985年。
クロノスがダルムシュタットで「Thirty Pieces」を初演したのが
1984年。(アメリカ初演はいつなのかは不明。)
http://www.johncage.info/workscage/30piecesstrq.html

この時点でこれがホットな話題だった、とすれば、「30」に1票。
逆に、まだ認知されていなかったと想定するなら「4部」に1票。
ラサール弦楽四重奏団まで演奏してるから、認知度という意味では
この文章の時点で「ケージの弦楽四重奏」といえば「4部」の方かな。
http://www.johncage.info/workscage/stringquartet1950.html



・・・というわけで、お待ちしています。
◆もう1つの方はこんな感じになりました。


“Three Voices”の成立と歩みについての一考察;A Reflection on the Genesis and History
of “Three Voices”
ジョアン・ラ・バーバラ  by Joan La Barbara


ベルリン滞在中の1981年、私は現地からモーティ(フェルドマン)に手紙を出し、私のためにオーケストラ作品を書き下ろしてくれるよう彼に依頼した。彼からの返事には、オーケストラの演奏を実現するに伴う諸々の事情説明と、彼がオーケストラ作品に代わるものを構想していることがしたためてあった。それから程なくして彼は“Three Voices”を私の元へ送ってきた。その楽譜に同封されていた手紙は1982年4月23日の日付が付されていた。そこに書いてあったのは以下の文面である:

親愛なるジョアンへ

これがその曲です。ほとんど全ての音が“gorgeous 素晴らしい” 響きにはならなかったものの(もちろん全ての音が見事に鳴り響くなんてことを最初から期待していなかったのだが)、感覚を研ぎ澄ませて耳を傾けてみると、いくらかの衝撃を受けました。この曲の歌詞(言葉)は“Wind”の冒頭2行から取られたもので、この詩はフランク・オハラが私(フェルドマン)のために書いてくれたものだ。私は、フランクがこの曲の“gorgeous素晴らしさ”を担う側面と何らかの関係があるのではないかと思っているのだが・・・

下声部は君(ジョアン)が“live”と歌う箇所で、その他2声部は層状に重なる − 2つの(ラウド・)スピーカーをどこに置くべきなのか、未だ見当がつかないのだが−。この曲は私がテンポ表示を付けていない、数少ない作品のうちの1つでもある。− 君の声色(tone)を感じ取ること、そして君がいかに呼吸するかによって、君が歌うべきこの曲の速さが決まってくるのだ − “fast”な遅さでも(それが何を意味しようとも)、また“slow”でも素晴らしい響きとなるだろう。  

もちろん、どんな理由であれ、君は常にこの曲を再演しても良いのだよ。

愛を込めて。
離れ離れになっている僕(Mort)より。

Morty


この曲の練習に取り掛かった時、私は先に控えていたコンサートの演目にこの曲を入れることができるように、この曲がどれほどの長さなのかをはっきりさせる為、彼(フェルドマン)に電話をかけた。すると彼は“約45分だろうか”と答えてくれたので、私はいくつかの演奏会で他の曲と一緒にこの曲をプログラムに組み込んだ。いざ、上声2部の録音を始めてみると、私はパニックに陥り、再び彼に電話をかけた。“モーティ、(考えていた長さの)ほぼ2倍になってしまったわ!約90分になってしまったの!”“おお、そうかい。私はいつもそのくらいの長さ(約90分)になるだろうと思っていたんだよ。”

そして、これが初演時の長さとなり、午後11時に始まり、真夜中まで続いたのだった・・・・あたかも、それは広大で美しい空間の中に広がる永遠のように。

彼が死んだ時、私は茫然自失となった。最愛の友への永遠の賛辞を送るため、私は“Three Voices”のレコーディングに踏み切ったが、90分という長さが1枚のCDに収めるには長過ぎるという問題に直面した。私はこの曲を2枚のCDに分割したくはなかったので、楽譜上にある速い動きの音形の箇所に立ち返り、今までよりも速く、つまり、各々の音高が明瞭に聴こえる極限の速さでそれらの箇所が歌えるように練習した。最終的な結果として、彼の当初のアイディアに最も近い、45分という時間で歌うことができたのだった。


この作品には45分と90分という2つのヴァージョンがある。速いヴァージョン(45分)において、聴き手は、複雑な和音のからなる不安定な静止から、突如嵐へと押しやられる。私が思うに、ここに、熊が吹雪の中で、決して降ることのない、ぐるぐる旋回する雪玉の罠に囚われているという、オハラのイメージを感じ取ることができる。:“決して何も降らない”。 90分という遅い方のヴァージョンでは、より一層洗練された、豊かな音の風景の中で各々の瞬間を聴き手は体験し、おそらく、ニヒリスティック(虚無的)な意味で、抽象表現主義の芸術家の“nothing無” に対する心酔へと惹きつけられるだろう。

フェルドマンの死の大分前から、彼の音楽を擁護し、そして引き続きそれを信奉していたジョン・ロックウェルの強い意志のお陰で、私はこの曲の演奏に際し、90分ヴァージョンの方へと戻っている。1985年4月14日、オルタナティヴ・ミュージアムで、フェルドマン同席の下で行われたのが、この曲の一番最近の演奏である。オリジナルの録音は1983年2月に、サウンド・エンジニアのジョージ・ブルーナーと共に行われた。
この文章、きちんと読んでなかったので、読めてよかった。

90分だと1枚のCDに収まらないけど、80分なら大丈夫、
っていうわけで、今回は80分狙いで行こうと思っているわけです。
ジョアンの逡巡の過程が興味深く、最終的に90分に戻っている、
ということも興味深いです。そして、今回の上演を80分にすることが
正しい選択だと、再確認できました。

「2つのヴァージョン」というのが、あたかも作曲者の指示による、
ということではなく、ジョアンが録音した2つのテープが、
90分かかってしまったのと、45分で終わったのと、2種類ある、
ということなので、そこのところが誤解なく伝わる工夫が必要かと。
(45と90という数字が、いかにも、「繰り返し省略ヴァージョン」
 のようなものの存在を誤解しがちかな、と思いますので。)

それから。。。。

が〜ん。

「ライヴ声部」は、最下段だったのですね・・・!

そのことも楽譜に書いてなくて、こういうものは通常、
最上段を上演するものだから、てっきり下の2声を録音するものと
ばかり思っておりました。

・・・どうしようかな。。。

でも、フェルドマン自身がジョアンに、
下の声部をライヴで、って言ってますね。

う〜ん。困った。。。
スコアが無事に届いたので住所の記載を削除しました。

>「2つのヴァージョン」というのが、あたかも作曲者の指示による、
ということではなく、ジョアンが録音した2つのテープが、
90分かかってしまったのと、45分で終わったのと、2種類ある、
ということなので、そこのところが誤解なく伝わる工夫が必要かと。

はい、了承いたしました。ここからは私のニホンゴ能力の問題ですね。。。厄介だ…


>でも、フェルドマン自身がジョアンに、
下の声部をライヴで、って言ってますね。

作曲家の意図をそっくりそのまま尊重するかどうか、これは難しいですね。音楽には、絶えず新陳代謝を続けるナマモノ的な性格があるし、その一方で、時空間を越えた揺ぎ無い真正性を有していますしね。

困った先には必ず涅槃が見つかると思います。


只今、ダールハウスさんに発狂中なので、しばしお待ちを。すみません。
ごめんなさい、諸事情により、只今この件に関して滞っています。

《Three Voices》について言及している先行研究を幾つかあたってみますね。

 フランク・オハラについても何らかのかたちで解説を加えられれば、とも考えていますが、どうなることやら。。。
 
瀧口文庫から

http://archive.tamabi.ac.jp/bunko/takiguchi/t-mura.htm#top  
経過報告

オハラ関係の資料を漁っています。
スコアを見ながら訳をいじっています。

>しかし実態としては、「殆どの部分が厳密な反復を伴う」ので、
この文章は明らかに事実に反しているのです。
(どうやってこのことを踏まえた翻訳をするべきか。。。)

実際はFeldmanさんお得意の「トルコ絨毯的反復」なんですよね。。。。細かなフレーズの反復が堆積され、それが時間の流れを形作る、すなわち時間のタペストリーを織り成しているのということになるんですが、どーしましょ。只今考え中です。

ところで、このトピックはやたらと長くなってきたので、《Three Voices》について語らせろ!と題して独立させます。

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