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半蔵門かきもの倶楽部コミュの 第九十三回 JONY作「友達の存在はあなたを強くするか?それとも、弱くするか?」 (テーマ選択『桜』)

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「ねえ、JONYさんって、友達いるの?」
 酔っ払いの女から、俺の店のカウンター越しにこう言われて、言葉に詰まってしまった。この子(仮にA子としよう)は読書会の会員だが、イベントが終わっても帰らずに、結構なペースでシングルモルトの水割りをお代わりしていた。店にはほかに客はいなくなっていた。
 たしかに、俺には、親友とか友達と呼べる存在はいない。人生を振り返っても学生結婚で最初の妻と一緒になって以来、妻や恋人は入れ替わっても、つねにいてくれたが、「友達」と言える人間はいなかった。しかし、A子に俺の本質を見抜かれたような言葉をぶつけられても、素直に自分を晒す気にはなれなかった。
「いないように見えるか?」
「そうだよね。JONYさんいつも楽しそうだもんね」
「君だって、楽しそうじゃないか。君を目当てに来ている男だっていっぱいいるだろう」
「男の人はちょっと違うんだな。だって常に男女の仲の候補でしょ。そんな相手に自分の全部を晒したりは無理じゃん。やっぱり、友達は純粋に友達でしょ。そういう友達っていないんだよね。私って他人のことを自分と同等の存在として見ることができないのかも」
 A子の言うことは判ったが、俺はあえてそこには触れなかった。
「社会人になってからはともかく、学校のときの友達はどうだ。まだ、何者でもない状態で知り合うのはいいじゃないか」
 A子の表情が暗くなった。
「私、学校のときが一番いやだった。大きな大学に入って、同じメンバーと毎日顔を合わせずに済むようになって、やっと自由になれたと思ったわ」
「そうか、でも、群れずに、一人で生きていける強さも、また、必要なんじゃないかな」
「ふーん。強い女が好きなんだ」
「孤独な女が好きなんだよ」
A子は、そこはスルーして、
「友達がひとりもいないなんて、私、性格に問題あるのかな」
と言いだした。
「友達が欲しくて出来ないなら、そうも言えるかも知れないけど、そもそも、君は友達を本当は欲しがっていないだろう?」
「そうかな」
「友達がいて良い事もあるけど、友達がいるとマイナスもあるぞ」
「ええっ?マイナスってなによ?」
「相手に合わせて余計な気や時間や金を使わなければならない」
「でも、友達がいればさ、相談に乗ってくれて、愚痴も聞いてくれて、慰めてくれたり、励ましてくれたり・・・」
「それは、友達じゃなくても、恋人がいればいいさ」
「恋人にしたって、相手に合わせて余計な気や時間やお金を・・・」
「恋人は自分と同じじゃないか。相手のためにいくら時間や金を使っても負担に感じることはないんだよ」
 A子は、それに答える事なく、充血した目で俺を見ると、シングルモルトのウイスキーの何回目かのおかわりを注文した。
「飲み過ぎだぞ。今、コーヒー淹れてやるから」
「えーっ!ケチ。バーは他にもあるんだからね」
と言いながら、フラフラと椅子を立ち、勘定をカウンターの上に置いた。
「寄り道せずにまっすぐ帰れよ」
と言う俺の声に、
「うるせえよ」
と悪態をついて、怪しい足取りで店を出ていった。

 カウンターの上を片付けて、椅子を直そうと客席側に回ってダスターでカウンターの天板を吹き始めたときに、カウンターの椅子の下の暗がりにA子のスマホが落ちているのに気付いた。すぐに外に出てみたが、時すでに遅く、A子の姿はなかった。駅がひとつしかないならその方向に追いかけるが、半蔵門駅、永田町駅が正反対の方向にあり、麹町駅から来る客もいる。俺は諦め店に戻った。
 スマホを落としたことに気づけば、店に電話してくるだろう。店の電話は調べればすぐに分かる。そう思っていたが、23時を回っても電話はかかってこなかった。
 仕方がないので、俺はA子のスマホを調べてみた。赤い革の手帳型ケースに入っているアイフォンで、ロック画面の壁紙はたんなる抽象画で、何ら情報は書いてなかった。赤い革のケースの内側のポケットにはカード類が挟まっていて、出してみると、名刺と保険証と白いカードキーだった。
 横書きの名刺を見ると、一番上に「楽曲提供・ピアノ教授」の肩書きがあり、A子の名前が漢字、ローマ字で真ん中にあり、その下には小さいフォントでメールアドレス、住所、携帯番号が書かれていた。
 住所は目黒区下目黒のマンションの一室になっている。事務所かスタジオ用の部屋だろうか?否、俺は不動産業者なので判るのだが、そのマンションシリーズは事務所兼用を許さない厳格な住居用マンションなので、おそらく自宅のピアノで仕事をしているのだろう。そして、この白いカードキーはその下目黒のマンションの部屋の鍵ではないだろうか。最後に、保険証の住所を見れば、やはりその下目黒の住所だった。やはり自宅の部屋だ。彼女がもう一枚予備のカードキーを財布とかに入れてくれていれば良いのだが。
 時計は23時30分を指している。電話は鳴らない。念のために着歴を調べるが、今夜、A子からの着歴は無かった。
 こうなったら、その下目黒のマンションにスマホを届けてやろう。彼女が予備のカードキーを持っていなくても、24時間コンシェルジュがいる大型のマンションならもちろんのこと、管理人が夜は帰ってしまう普通のマンションでも管理会社に連絡して部屋の鍵を開けてもらっているはずだ。
 店の電話を俺の携帯に転送にセットして、店を出た。駐車場から、車を出し、走り始めると夜中の道は空いていて、霞ヶ関から首都高に入り、目黒で降りるまで15分かからなかった。目黒通りも権之助坂を過ぎると歩く人もいない。ナビに入れた目的地は、大鳥神社の先を目黒不動方向に入った住宅街にあった。
 結構道が狭く路上に停められないので、近くのコインパーキングに入れて、深閑とした住宅街を歩く。三月といえ、まだ空気が冷たい。
 A子のマンションは20戸程度の小さな建物だった。管理人室はすでに真っ暗だった。一階の集合玄関で、名刺に記載されていた部屋を呼んでみる。返事はなかった。スマホケースをかざすと開いた。やはりカードキーは、ここの鍵だったのだ。 
 一台しかないエレベーターに乗り名刺の部屋番号の四階にあがる。エレベーターの扉が開いて、カーペット敷の廊下が現れると、何と、部屋のドアに背をもたせ尻餅をついて脚を投げ出して眠っているA子がいた。
 俺は駆け寄ってA子の肩を揺り動かした。彼女は目をこすりながら、不思議そうに俺を見上げた。
 「大丈夫か」
 「ジョニーさん。なんでここにいるの?」
 「店にスマホが落ちていて届けに来たんだよ」
 A子は俺の言った言葉を聞いてなかったのか、また目をつぶり眠りに落ちた。
 「おい、起きろよ」
 俺は部屋のドアのセンサーにA子のスマホをかざし、鍵を開けると、室内の灯りをつけ、A子の身体を抱えて部屋に引っ張りこんだ。
 靴を脱がせると、A子は何も言わず、洗面所のドアを開けて中に入ってドアを閉めた。中からは洗面台に水を流す音がした。
 部屋はほぼ正方形の40平米位のワンルームだった。奥の窓際にベッドがあり右手には洗面所の扉とキッチンがありその前に一人用のダイニングテーブルと椅子、左手には音楽用キーボードとパソコンデスクがあった。
 俺はA子に一声かけて帰ろうと思い、靴を脱いでダイニングテーブルの椅子に腰を掛けて、彼女が出て来るのを待った。
 ベッドの上にはスヌーピーの大きなぬいぐるみが放り出してあり、それが、一人暮らしの象徴のように思えた。
 中で眠てしまったのかと心配になったころ、A子はようやく洗面所のドアを開けて、目をこすりながら出てきた。
 「ちょっと待ってね。今、コーヒー淹れるから」
 「いや、もう帰るよ」
と立ち上がったが、A子は、
 「すぐだから、ちょっと待っててよ」
と言いながら、缶から二杯分の挽かれてあるコーヒー豆の粉をスプーンで、ペーパーフィルターに落とし、電気ケトルにミネラルウォーターを注ぐと、スイッチが入れられた。
 俺は、再び椅子に座ると、
 「スマホ落としたことに気づかなかったのか?」
と訊いた。
 「気づいたよ。帰ってきてから。鍵が開かないんだもん」
 「なぜ、行った店に電話しないんだよ?」
 「だって、電話できないじゃない。公衆電話がどこにあるのかも知らないし」
 「カードキーの複製を財布にも入れておくんだな」
 「え?カードキーって複製できるの?」
 「できるよ」
 「知らなかった」
 湯気の立ったコーヒーが入ったカップが二つ、シンクの横からテーブルに運ばれた。口をつけると意外と美味かった。
 「今度からスマホのロック画面に、落とした時のために、連絡先の電話番号を入れておくんだな」
 と言って、俺は自分のスマホを出してロック画面を示した。
 そこには、猫が掲げる俺の名前と『03-××××-××××』という連絡先が書かれていた。
 「私、携帯以外に連絡先がないもん」
と、ぽつんと抗弁した。
 「仕事先で良いじゃないか」
 「仕事はここでしているもん。固定電話ないし」
 「じゃあ、実家でいいだろ?」
 「実家は奈良だよ。意味ないじゃん」
 「じゃあ、友達のところとか」
 「私、友達いないんだよね。ふぅ--っ」
 とため息がでた。
 そうか、店でその話をしてたんだったと思い出したが、もう、これ以上その話もしたくなかった。
 「じゃあ、君の名前と俺の店の固定電話を入れておけよ。覚えておくからさ」
 A子はとたんに嬉しそうな顔になり、
 「ほんと?いいの?じゃそうしよ。ロック画面の変更ってどうやるんだろ?」
 「それより、もう遅いから、今日は寝ろよ。コーヒーご馳走様」
と言って、立ち上がり、引き留めそうな様子のA子を無視して、靴を履いて外へ出た。
 マンションの外はさっきよりもいっそう寒くなっていた。コインパーキングまでの道には屋敷と呼べるような住宅の塀が続く。空には大きな満月が輝いていた。
 車に戻ると、ボンネットの上には、どこの庭から飛んできたのだろうか『桜』の花びらが散っていた。
                           終わり

コメント(3)

友達の存在は自分を強くするか、弱くするか……とても興味深いテーマだと感じました。哲学的なテーマを小説の主題にされていて、読んでいて考えさせられました。
なんとなく、男女間の友情は成立するか?という話にも繋がっていく気がしました。
題名には考えさせられましが、それはさておき、いつもながらの主人公と女性との関係性の書き方が見事だと思います。短い小説ながら、含みがあり、一点の時間を切り取りながら、その前後にある、またはあったであろういろいろなエピソードを想像させるところが上手いと思いました。
ヒロインが魅力的のような、逆に勘弁してもらいたい相手のような、絶妙のペルソナで、単にかわいいだけとか、ダメな女とかというような単純なキャラでないところもいいですね。

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