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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第93回 かとう作 「海(仮)」7

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「あさひちゃん、寝れてる? 隈すごいよ」
 約半月ぶりに会った加賀屋が、あさひの顔を覗き込んで言った。
 居酒屋のこのぼんやりとした照明の下でもわかってしまうのか。
 あさひはつい両手で目元に触れる。そういえば、出掛けてくるときに母親にも同じことを聞かれた。
「寝れてません」
 加賀屋と会うのは暁のアパートで美海とともに鉢合わせをしてから、二回目だった。知り合って間もない男性と二人きりで会うのには抵抗があるどころか、あさひには経験のなかったことだ。それでも、加賀屋には聞きたいことがある。
 加賀屋が事前に、妻が第二子妊娠中なのでゆっくりできないが、夕食でもどうかと前置きしていた。そのおかげである程度安心して密会に臨むことができた。なにもやましいことはないが、双方暁には知られないように気をつけようと念押ししたので、これはある意味で密会だった。
 個室の掘り炬燵でとりあえずのビールを片手に加賀屋と向き合いつつ、あさひはこれまでの自分の苦労を語った。暁が朝部屋に忍び込んでくるから、夜も安心して眠れない。のんびりするために帰ってきたのに、なんのための帰省なのか。暁は一体いつまで我が家にいるつもりなのか。
「鍵つけたらいいんじゃない? それか、目覚ましかけて頑張って起きるとかさあ」
 それが加賀屋の出した端的な結論だった。
「あ、そっかあ」
「そっかあって。今気づいたの?」
 あさひの口調を真似ながら、加賀屋が笑う。ビールジョッキを煽る左手に、くすんだ結婚指輪が光った。
「二人目、楽しみですね」
「次は男だったらよかったんだけど」
「上も下も女の子ですか? 姉妹、可愛いじゃないですか」
「まあ産まれてきたら溺愛しちゃうだろうな」
 職業柄なのか、つい加賀屋の子どもの話になる。それでも、ほぼ初対面の男とこうして向き合って、思いの外緊張もしていない自分に、あさひは気がつく。加賀屋が壁を作らない性格なのもあるだろう。しかし、今日は聞きたいことが決まっているから気が楽であった。少なくとも、あさひのほうは大事な議題を持ってきていた。
「暁の仕事ってなんですか?」
 加賀屋がジョッキを置いて、あさひを見る。そして小さな声で言った。
「本人に口止めされてるからなぁ」
「でも、言えないような仕事とかじゃないんですよね? じゃあなんで暁は教えてくれないんですか?」
 あさひの問いに、加賀屋は「わからない」とは答えなかった。腕組みしてしばらく唸ってから、きっぱりとした声で言う。
「黙秘します」
「えええ」
 暁が仕事を言いたくない理由も知っている。それも含めて言わないという判断を、加賀屋は下した。あさひにはそう見えた。加賀屋はテーブルの上に開かれているメニューに目を落としている。まだ一杯目のビールを頼んだだけだ。
「じゃあ帰ります」
 あさひはそう言って立ち上がってみる。するとメニューから顔を上げた加賀屋が、あさひの腕を掴んだ。
「まあまあ。ちょっと待ってよ。おれも話したいことあるし」
「じゃあ、教えてくれますか? 暁の仕事」
「ええ?」
 加賀屋は困惑の表情であさひを見上げる。しかし少し考えてから言った。
「わかった。わかったから座って。ちょっと、とりあえず飯食べよ」
 仕事終わりで空腹らしい。加賀屋はあさひが着席するのを確認してから、再びメニューに視線を落とした。あさひにも注文を問い、店員を呼ぶ。つまみは頼まず二人とも夕食を頼んでから、あさひはまた切り出した。
「教えてください。暁の仕事」
「暁には絶対言わないでね。おれが言ったって。ていうか知らないふりしといて」
「わかりました」
 それでも加賀屋はまだ迷っているらしい。「本人がいないところで、どうかなぁ」と、小さな声でテーブルに向かってつぶやいている。
「加賀屋さん」
「うん。わかった。潜水士」
 あさひが促すと、加賀屋は観念したという様子で、短く呟いた。
「ああ、言っちゃった」
 加賀屋は両手で口を押さえる。しかし、あさひには馴染みのない言葉で、その言葉がなにを意味するのかさえ、一瞬はかりかねた。
「せんすい……?」
「潜水士。潜るやつ」
「ああ、潜るやつ」
 頷いてみるものの、まだしっくりこない。あさひは潜水という言葉で思いつくことをとりあえず挙げてみることにした。
「ダイビングとかですか? あ、海猿?」
「ダイバーだけど、レジャーのほうじゃないよ。海上保安庁じゃなくて民間だし。海難救助じゃなくて、土木潜水とか調査潜水とか、あと引き揚げとか。そういうやつ」
「土木潜水」
「潜水服着て、潜って、海底の工事とかするの。そのための調査とか作業とかね」
 そう言われて、あさひもやっとイメージが沸いてきた。
「資格とかいるんですか?」
「一応資格は持ってるよ、おれも暁も。資格自体は実技がないからそんなに難しくないけど。でも仕事はまあまあ技術いるね」
「正社員なんですよね?」
「うん。一応正社員。給料安いけど」
「暁は働き始めて長いんですか?」
「そうだね、もう五年目かな?」
 暁の仕事がなにかという謎は解けた。想像していたような危うい仕事ではなかったことに安心したし、暁が定職に就いていてよかったとも思う。しかし、あさひはまだ腑に落ちないものがあった。
「どうして暁は、教えてくれなかったんでしょう」
「そりゃ言えないよ」
 加賀屋はきっぱりと答えた。
「でも、加賀屋さんはご存知ですよね? さっき、暁が言いたくない理由、知ってるような雰囲気醸し出してましたよね?」
「そう? そんなことないと思うけど」
「でも今、言えないって言いましたよね。知らない、じゃなくて」
「あさひちゃん怖いなぁ。取り調べみたいだよ」
 そう言われてあさひは、自分が腰を浮かせてテーブルごしに加賀屋に迫っていることに気がついた。恥ずかしくなって腰を下ろす。
「本人が言えないって言ってるんだからさ。たぶん暁は、仕事内容っていうより、潜水士になった理由を言いたくないんだよ。じゃあそこは言わないっていうのがおれの通すべき筋かな」
 そう言ったきり、加賀屋は口をつぐんでしまった。こうなってはもうなにも聞き出せないことがあさひにもわかった。
「じゃあ質問その二」
 気持ちを切り替えてそう言うと、空になったビールを置きながら、加賀屋が笑った。あさひも残り少ないビールを飲み干す。
「全部で何問あるの?」
「二つです。次で最後です」
「はいはい」
 ちょうどそれぞれの食事が運ばれてきたので、加賀屋とあさひは二杯目の酒を頼んだ。加賀屋がハイボールを注文したので、あさひも同じものを頼む。
「あさひちゃん結構飲めるの?」
「弱くはないです。お時間大丈夫ですか?」
「まだ大丈夫だよ。飯食い終わったら帰る感じかな」
 腕時計を見ると、まだ六時半だった。加賀屋は暁に今日のことを言っていないし、あさひは暁が帰宅する前に家を出て、電車に乗った。暁も今頃あさひの家で、母が作った夕食を食べている頃だろうか。母親には同級生と食事をすると言って出かけてきたので、暁にもそのように言っているはずだ。
「それで」
 あさひはまた本題に戻る。加賀屋は箸を割って、運ばれてきた焼きうどんを口に運んでいる。
「暁は精神科に通院してますよね?」
「うん」
 焼きうどんを口に入れたまま、くぐもった声で答える。加賀屋はもぐもぐと咀嚼しながら、あさひの次の言葉を待った。
「どういう疾患なんですか?」
「さあ。そんな詳しくは聞いてないけど。眠れないって言ってたよ。あとずっとだるいんだって」
「いつからですか?」
「さあね。出会った頃には既に飲んでたっぽいよ、睡眠薬とか。あんまり効かないって言ってたけど」
「薬を溜め込んでますよね?」
「どうだろうね。おれにはよくわかんないな。あいつんち泊まったとき、薬多いなぁとは思ったけど」
 加賀屋はまたうどんを口に運び、黙々と食べ始めた。
「あさひちゃんも食べなよ」
 そう言われて初めて、あさひは炒飯をれんげで掬った。とりあえず口に運び咀嚼をするが、塩辛いと思っただけで、それ以上の感想が浮かんでこない。一杯目のビールのせいでそこまで空腹を感じていないし、思考はもっと別のところをぐるぐると回っていた。
 暁は一体なにを考えているのか。大丈夫なのか。毎日幸せに生きているのだろうか。
「本人に聞けばいいのに」
 咀嚼の合間で加賀屋は言ったが、その勇気はなかったし、そもそもきっかけがなかった。朝は暁と二人きりになることはあっても、暁が寝込みを襲いにくるのを必死に阻止して終わるし、夜は夜で両親が家にいる。暁と落ち着いて話をする時間はたっぷりあるようで、意外となかった。
「おれも聞きたいことがあるんだけど」
 店員からハイボールを受けとり、そう言って加賀屋は切り出した。あさひは炒飯から顔を上げて加賀屋を見る。
「暁とどうするつもりなの?」
「どうもしないですよ。付き合うとか、無理ですし」
 即座に答えたが、今度は加賀屋の詰問する目が、あさひを捕まえて離さなかった。
「なんで無理なの?」
 加賀屋にまで暁と同じことを聞かれて、あさひは言葉に詰まる。
「なんでって言われても。なんか、無理なんです」
「生理的に無理ってこと? 暁とエッチしてるとことか想像したら、気持ち悪いーってなっちゃう感じ?」
「えっ……」
 あまりに直接的な表現に、あさひは顔が火照っていくのを感じる。暁と肉体関係を結ぶなんて、想像するだけでもとんでもないことだった。
「ごめん」
 赤面したあさひを笑うことなく、加賀屋が謝るので、さらに居た堪れない気持ちになってくる。しかし、加賀屋は続けた。
「暁に触られるとぞわっとする? 嫌な意味で、鳥肌、みたいな」
「そういうのじゃないです」
「あさひちゃんは、暁のことすごい大事に思ってるっぽいよね」
「それは……」
 加賀屋の問いに、あさひは考える。あさひにとって暁はどういう存在だったのか。
 このことを考えると、どうしてもあさひは、自分の幼少期まで記憶を遡らないといけない。
 ある年齢までは、暁はとても近くにいて、無条件に愛おしい存在であった。それに、あさひの人生の核心に関わる存在であると言ってもいいい。あさひが助産師になったのは、同じ職に就く母の影響も大きいが、それ以上に暁の誕生が原体験であった。暁が誕生する前の、茜との出会いでそれは始まっていた。
 あさひが五歳のとき、大きなお腹で現れた茜を、未だに覚えている。その丸い腹に触れた感触も、温かさも。撫でたときに胎児が、返事をするように動いた。そのぼこりとした振動と、思いの外硬い踵かどこかの骨が、柔らかい妊婦の腹ごしに掌に伝わってきた瞬間も。
 あのとき、腹の底から湧き上がるような、高揚感と温かさが幼いあさひを満たした。
 赤ちゃん、早く会いたいね。待ってるよ。あさひに会いにきてね。
 腹を撫で回しながらそう言うと、茜がそっと、あさひの手を自分の腹から引き離した。
「あさひちゃん?」
 加賀屋の声で、あさひは記憶の底から唐突に引き戻される。
「暁のことは大事です。ものすごく」
「そうだね、伝わってくるよ。弟にしか思えないって感じかな?」
「そうかもしれないです」
 加賀屋にはそう返事をしたし、あさひ自身もそういう類のものかもしれないとは思った。だが、暁は弟のような存在なのだろうかと考えると、またわからなくなってくる。あさひにとって、暁は暁でしかなかった。
「でも、暁は弟じゃないよね」
「そうですね」
「じゃあ、とりあえず付き合ってみるのもありだと思うんだけど。何事も試してみないとわからないでしょ?」
 そう言って、加賀屋はあさひから目を離さずハイボールを煽った。あさひもグラスに口をつけながら考える。とりあえず付き合ってみる、暁と。しかしそう考えただけで、自分の肩のあたりから耳元に向かって込み上げてくるものがある。それは決して気持ちがいいと言えない肌触りのものだった。
「いや、それはちょっと」
「あさひちゃんって結構頭堅いよね」
 加賀屋のその言葉には、あさひは少しむっとした。どうして暁も加賀屋も、あさひの拒絶を受け入れようとせず、挙句罵られないといけないのか。そもそも、とあさひは考え、加賀屋に言葉を返す。
「だって、暁には美海さんがいるじゃないですか?」
「別れるって言ってるよ」
「でも別れてないですよね?」
「じゃあ別れたら暁と付き合うの?」
「だから、ないんですよ、それは」
「じゃあ、美海とのことは、あくまで暁と美海のことでしょ?」
 それはお前には関係のないことだ。
 あさひは暗にそう言われている気がして、そして自分の胸が思った以上にちくりと傷んだことにたじろぎ、口を噤む。加賀屋は容赦なく続ける。
「暁とあさひちゃんの問題だろ? ちゃんと考えてあげなよ」
「だから、無理だって何回も言ってるのに」
「無理だとは言うけど、嫌だとは言わないじゃない? だからおれも暁も、押せばいけるんじゃないかって期待しちゃうんだよ。嫌なら嫌って言いなよ」
 いきなり図星を突かれたようで、あさひはたじろいだ。しかし、加賀屋の言っていることも屁理屈のようで、納得がいかない。
「それこそ、あくまでも私と暁の問題ですよね?」
「だって、おれは暁が心配だよ」
 そう言って視線を落とした加賀屋の顔が、一瞬寂しげに翳った気がした。あさひはそのことに少なからず動揺し、苛立ちに任せて言葉を返したことを後悔する。加賀屋は目線をテーブルに落としたまま続ける。
「あいつ、おれから見ても危うい感じがする。なんとなく」
「そうなんですか?」
「なんとなくだけどね。前に職場にふらっふらで出勤してきたことがあって。眠れなくて、睡眠薬飲みすぎたみたい」
 加賀屋の言葉に、あさひの心臓がきゅっと縮み、痛んだ。
「潜水士って、結構危ないっちゃ危ないからさ。そんな状態じゃ仕事できないのよね。その日は割ときつく叱って、家に帰したけど」
「そうですか……」
 言葉を返したとき、あさひの頬につうっと涙が流れた。あさひ自身も不意打ちで、慌てておしぼりで目尻を押さえるが、鼻水まで垂れてくる。
「あいつまだ、母ちゃん亡くなって立ち直れてないんじゃないかな」
 それは疑いようもないことだった。茜が行方不明になって、まだ五年だ。遺体も見つかっていない。葬式すらしていないと、あさひの母親が言っていた。
 父親と母親が健在のあさひには、暁の気持ちは想像するほかなかった。ただあさひは、暁に一番優しくすべきであろうときに、突き放してしまったという自覚がある。その後悔があったが、だからと言ってあの夜に、暁を受け入れていたらどうなっていたというのだろう。
 母親を亡くした母子家庭育ちの暁の気持ちはわかりようもないが、あさひには子を亡くした母親の悲しみは、日常の中で頻繁に触れている感情だった。総合病院の助産師をしていると、死産した母親のケアというのも業務の中に入ってくる。
 そのたびにあさひは感じた。母子の結びつきはなによりも強い、と。
 父親の顔も知らず、母親と一緒に暮らしていた暁は、なおさら母親への感情は強いのではないだろうか。そう思いを馳せながら、あさひは生前の茜と暁が一緒にいた姿を思い浮かべる。 
「そうかもしれないですね」
 あさひの声がさらに涙で震えた。加賀屋は慌てた顔で付け加えた。
「まあでも、最近はわりと普通だと思うし。大丈夫だよ。おれも暁のことはフォローするし。だから泣かないで」
「すみません」
「あなた結構泣き虫ね」
 あさひが急に取り乱したことを謝ると、今度は加賀屋はふっと笑った。その顔を見て、あさひはなぜかしらどきりとする。
「大丈夫?」
「大丈夫です。なんか最近涙腺バグっちゃって」
「あさひちゃん休職中なんでしょ? あさひちゃんもあさひちゃんで、いろいろあったっぽいね」
「それを話すと長くなるんで。またの機会に」
「そうですか。おじさんいつでも話聞くよ」
 グラスを片手に加賀屋がまた笑う。
 その笑みとあさひを見る目に、加賀屋自身は自覚がないのだろうとあさひはふと思った。
 どちらかと言うと無骨な印象なのに、不意に柔らかい眼差しと優しさを向けてくることがある。これが無差別な相手に対するものであることは、あさひにはわかっているが、それでもどきっとしてしまう。
 イケメンというわけじゃないのにモテそうな人だなと、あさひは心の中で思った。
「とにかく」
 グラスの中のハイボールを飲み干してから加賀屋が言った。
「おれは暁のそばに、誰かがいてほしい。そしてそれがあさひちゃんであってほしい。暁はずっと、本当はあさひちゃんのことが好きだったんだから」
 加賀屋の言葉に、あさひは頭を抱えたくなる。

コメント(10)

連日たくさん投稿してしまいすみません。
とりあえず、今はここまで書けていて、見事に筆がとまりました!
たぶん今までの内容をまたじっくり吟味して加筆修正しつつ、調べものも必要なので、完成は半年以上はかかる予感がします。ということでひとまずここまでアップさせていただきます。続きはいつになるかわかりません泣。
でも長くなることが予想されるので、もし読みたい方がいらしたらまた別のWeb媒体とか、プリントアウトしお渡しするとか、別の方法がいいのかなぁと考えています。
とりあえず完成の目処が立ったらまたアナウンスさせていただきます。

ちなみに、
・助産師という職に詳しい方
・潜水士という職に詳しい方
・産婦人科医という職に詳しい方
・「普通失踪」と「特別失踪」の違いに詳しい方
もしいらしたら聞きたいことがあるのでご一報いただけますと騒いです!
「普通失踪」と「特別失踪」の違いについてご説明します。

まず、ご質問は失踪宣告のことですね。

これは行方不明(生死不明)の人を法律上死亡したことにして手続きするための制度です。

つまり行方不明の人が、そのままだとその人名義の不動産をいつまでも処分できず、財産を売って生活費にあてることもできず、配偶者は再婚できず、永遠に座して待つだけという不都合を回避するための制度です。

ですので、それをやるメリットとしては相続を開始させて処分したい財産があるか、死亡ということで婚姻を終わらせたい場合です。独身で財産がない人に対してしても、あまりメリットはありません。

普通失踪は失踪者が7年間生死不明な場合に、一定の利害関係人が7年経ってから家庭裁判所に申し立てて、認められると失踪から7年目に死亡したとみなされます。

特別失踪は戦争や船の沈没などで行方不明になった場合で、この、その危難が去った時から1年間経過すると家庭裁判所に失踪宣告の申立てができ、申立てが認められると危難が去った時に死亡したものとみなされます。

なお、生きて戻ると失踪宣告は取り消しとなります。
配偶者が死んだと思って再婚しているとやっかいなことになります。

なお、蛇足ですが失踪宣告がなされて死亡したことになっても、失踪者がどこかで生きている場合には、その失踪者の権利能力は失われません。

参考までに民法の条文も引用しておきますね。

(失踪の宣告)
第三十条 不在者の生死が七年間明らかでないときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求により、失踪の宣告をすることができる。
2 戦地に臨んだ者、沈没した船舶の中に在った者その他死亡の原因となるべき危難に遭遇した者の生死が、それぞれ、戦争が止んだ後、船舶が沈没した後又はその他の危難が去った後一年間明らかでないときも、前項と同様とする。
(失踪の宣告の効力)
第三十一条 前条第一項の規定により失踪の宣告を受けた者は同項の期間が満了した時に、同条第二項の規定により失踪の宣告を受けた者はその危難が去った時に、死亡したものとみなす。
(失踪の宣告の取消し)
第三十二条 失踪者が生存すること又は前条に規定する時と異なる時に死亡したことの証明があったときは、家庭裁判所は、本人又は利害関係人の請求により、失踪の宣告を取り消さなければならない。この場合において、その取消しは、失踪の宣告後その取消し前に善意でした行為の効力に影響を及ぼさない。
2 失踪の宣告によって財産を得た者は、その取消しによって権利を失う。ただし、現に利益を受けている限度においてのみ、その財産を返還する義務を負う。
補足です。

普通失踪は、行方不明というだけで、特別な理由はいりません。ある日家を出て行ってしまい帰ってこないというだけでよく、事件性があることや事故である必要はありません。

特別失踪は、死の危機のある戦争や船の難破に巻き込まれ、死亡した可能性が強い状況で、死体が確認できない場合です。

失踪宣告の規制が最初に制定されたのは明治時代なので、戦争や船舶の海難が挙げられています。
しかし、現在の日本ではあまりない例です。
そこでその他の原因の方で特別失踪の宣告がなされます。

その他死亡の原因となるべき危難とは、遭遇すると死亡する可能性が高い危難のことです。

墜落した飛行機に乗っていた
船舶から海中に転落した
山崩れ・雪崩に巻き込まれた
洪水・地震により行方不明になった
断崖から転落した

上記のような場合には特別失踪が認められる傾向にあります。
>>[5]
大変わかりやすく丁寧なご説明、ありがとうございます!普通失踪と特別失踪の違いがよくわかりました。

小説の中で、これに関連して疑問なのが、暁の母の茜はどちらに該当するのかということです。
暁の母親は、台風のときに息子に「台風の影響でいい波が来ているから、サーフィンをしにいく」とメールで伝えて、海で失踪、遺体は見つかっていないという状況です。(一応海で彼女を見たという目撃談はあり)
暁の周りの人間は、「暁はそろそろ高校も卒業だし、もうどうせ茜は見つからないから、早く失踪宣言をしてお葬式をして区切りをつけ、保険金も暁の手に渡るようにしたい」と当時考えていました。
この場合、スムーズに特別失踪は認められるのでしょうか?

台風の波に巻き込まれたとは言え、自己責任でもあるし、もしかしたら自殺という疑いも捨て切れないとか、そういう事情も考慮されて、「なかなか特別失踪扱いにしてもらえない」みたいな場合もあったりしますか?
(説明が意味不明だったらすみません)
特別失踪は、遭遇すると死亡する可能性が高い危難に遭ったかどうかです。海に船から落ちたとか、海で船が沈んだ、洪水で行方不明になった場合などは認められていますので、台風の影響の高波で、海でサーフィン中に行方不明になった場合、認められる可能性が高いと思います。
自殺の可能性についてですが、そもそも死亡する可能性が高い場所に行って死体が上がらないのが特別失踪ですので、死ぬつもりでそういう所にあえて行き、たまたま死体が出てこない場合も特別失踪を認定するのに妨げにはならないかと思います。
また現実の法律問題ではないので、裁判所が実際に本件をどう判断するかについてはあまり厳密に考えなくてもいいのではないでしょうか。
常識的に考えて特別失踪が認められても不自然ではないケースなので、読者が特別失踪が認められるわけないと感じてその時点で読むのを止めることはないかと存じます。
そのへんのオールマイティさというか、神の手のような万能ご都合主義が小説のいいところだと個人的には思っています。

法的な部分は実は実際の弁護士の作家先生も時々ミスります。普通のドラマの脚本家の書くシーンはデタラメが多いです。私は読んでいて嫌になるし、ドラマではそこでやめます。でもその本で某弁護士の大先生はデカい賞は取るし、大ベストセラーになるし、ドラマは視聴率は取るで、その点を突っ込むのはごく極少数の読者です。

作家としてデビューできるかとか、売れるかとか、作品の質に、実務上の法的正確性は極論すると関係ないと言えるかもしれません。
 
 小説は、面白ければよく、訴訟代理人が書く準備書面でも、司法試験の論文試験でもないので。
>>[7]
詳しく教えてくださりありがとうございます!
この場合は特別失踪が認められる可能性が高いということですね。

小説やドラマ、専門家から見ると、おかしく感じることってやっぱりあるのですね。興味深いです。
 結構あります。

 ただ、実際の世の中では、法的におかしいことや認めれないことを正しいと主張する人はゴマンといます。

 だから裁判所や警察や弁護士の仕事が無くならないのだと言っても過言ではありません。

 なので、裁判官の判断を書くなら、リアリティを増すために正確性を期す必要がありますが、そうでないのなら、登場人物は意図的に嘘をついたり、不注意で不正確なアドバイスや行動をすることは多々あります。

 なので、法的におかしなことを言う登場人物というのはそれはそれでリアリィがあると思っています。

問題は作品の中での整合性だと思っています。

 エンタメのヒーローやヒロインが単なる私欲や不勉強で違法なことをあえてしたり、つまらない不正をするのはリアリティではなく、読者をしらけさせてしまうと思っています。

 なので、人間のアンビバレンツなところをえぐる自然主義的純文学でない、エンタメ作品を書く時は、ヒーロはヒロインにDVしないとか、自分の保身のためだけに法律的におかしなことを嘘をついて言うなどしないというのは重要だと思っています。

 すみません。余計なことばかり書いて。
>>[9]
ありがとうございます!専門の方のお考え、勉強になります。
私の作品は特に広く公表する予定もないので、趣味の範疇なのですが、それでも自分の中に疑問があると書いていて気持ち悪いので、質問させていただきました。
いろいろ親切に教えていただき、少し法律が理解できました!ありがとうございますスマイル

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