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半蔵門かきもの倶楽部コミュの 第九十二回JONY作「コ・ン・カ・ツ」(三題噺『チョコレート』『スキー』『雷』)

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天気予報によれば嵐になるかも知れない荒天の夜だった。読書会が無ければ店を休みにしても良いだろうと思ったが、熱心な数名の会員がその夜も来ていささか脱線気味に、話に花を咲かせた。さすがに、今日は、読書会が終わったら店を閉める積もりだったので午後9時に皆を送り出したあとはcloseの札を出した。
食器を洗い、ティファールのケトルのコンセントを抜いて、帰り支度をし始めたとき、センサーのチャイムが鳴り、ガラスのドアが開いた。
「ジョニーさん。こんばんは」
前によく来ていたが、世の中がコロナ騒動になってからは、全く顔を見ていないA子だった。
「どうした?ずいぶん、久しぶりじゃないか」
A子は、店内の様子と俺の顔を懐かしそうに見回して、
「もう、閉店?お願い。一杯だけ。聞いてもらいたい話もあるんだ」
と言いながら、俺の返事も聞かずに、カウンターの椅子に腰を下ろしてしまった。こんな荒天の中、わざわざ来てくれたA子を追い返すこともできないので、相手をすることにして、
 「ジンビームのソーダ割りで良いか?」
と、彼女が良く注文していたモノの名を挙げた。
 「うん」
 A子は嬉しそうに頷いた。
 俺はコルトレーンを店内に流して、二つグラスを出して氷を入れ、一つにはウイスキーを、一つにはライムジュースを入れ、いずれもソーダで充した。
 「で?元気だったか?」
という俺の呼びかけはスルーされ、
 「私、今、婚活パーティーの帰りなの」
と自分の話を早速し始めた。
 「そうか。婚活パーティーか。面白そうだな」
 と言った俺の言葉がまずかったようで、
 「遊びじゃないんだよ。面白くないよ」
 と叱られた。
 A子は、それから、今の彼女の現状を俺に報告したが、その要点をまとめると、こういう話だった。
 自分は、今、40歳。地方出身で、大学から東京生活で、大手アパレルのバイヤーをして、都内の賃貸マンションに一人暮らしをしている。遊び相手はいるが、ちゃんとした恋人はいない。いままでは『良い人がいたら結婚したい』と思っていたが、気が付いたら、もうこの歳になってしまい、自分から積極的に動かなければダメだと思うようになった。しかし、職場は女が多く、40を過ぎて未婚の男はろくなのは残っていない。自分は30代の男でも良いのだが、30代の男は若い女に取られてしまう。それで、出会いの機会を得るために、結婚相談所、婚活パーティー、婚活アプリを使って、婚活を始めたが、今のところ、これはと思う男に出会えてない。
 「婚活パーティーって、普通の立食パーティーとは違うの?」
 「えっ?知らないの?」
 俺は、最初の結婚が学生結婚で、いままで、既婚者でなかった期間は(民法には男の待婚期間はないので)無い。高校生のときを除けば俺の恋愛は、全て不倫ということになるが、そんなことをA子に説明しても仕様がない。
 「社会経験が少ないんで、ごめん。教えて」
 A子は、しかたないなと言いながら、説明をしてくれた。
 「まず、会場が普通のホテルとかじゃないのよ。各業者の事務所みたいなところなの。婚活業者のやっている婚活パーティーを縦断的に検索できるアプリがあってさ。自分の行ける日にやっているパーティーを検索して、募集条件の合うのを選ぶわけ」
 「募集条件って?」
 「年齢制限とか、職業制限とか、年収制限とか、身長制限ってのもあるのよ」
 「へえ。そうなっているんだ」
 「それで、会場に行くと、まず、番号が割り振られて、首からその番号のカードをぶら下げるのよ。社員証みたいに。小さな個室みたいのが並んでいて、女性はそこに案内されるの」
 「え?パーティーなのに個室なの?」
 「そうよ。隣が見えないようになってるの。そこに普通は小さなテーブルがあってその向こうに椅子があって、そこに座って、男が入ってくるのを待つのよ。男も番号の札をぶら下げていて、5分とか10分とか決められた時間、話しをするの。時間になると男が移動して次の男が入ってくるわけ」
 「じゃ、その5分とか10分の間に気に入った相手とLINE交換とかするわけか」
 「分かってないわね。全員と会った後で、投票用紙みたいのに、良かった人の番号を書くのよ。たいてい一位から三位までくらい書くシステムになってるの。それで主催者が別室で誰と誰がマッチングしたか表にして、マッチングした人に知らせるわけ」
 へえ、面白いな、という言葉は飲み込んで、
 「なるほど、合理的だね」 
 とコメントした。
 「でも、これはと言うひとがいなければ、白紙で出す人もいるみたい。帰りに一緒の地下鉄で話した女の子に訊いたらそう言っていた」
 「ふーん。俺だったら全部埋めるけどな。なんか自分がどのくらい通用するかのテストみたいで、とりあえず落選は避けたいじゃないか」
 「ジョニーさんは真剣に探す気がないからそんなこと言うんだよ。皆、自分の結婚相手を真剣に探しているんだから、カップリングしても意味の無い人を書いても仕方ないでしょ?」
 「そうか。ごめん、ごめん。でも、君は男から指名されまくるだろ?」
 A子は美形で、客観的に見て実年齢よりは軽く10才は若く見えた。
 「いくら指名されても、結婚相手として無理な人からじゃ、申し訳ないけどごめんなさいなのよ」
 「じゃ、今まで、カップリングしたことはないの?」
 「あるわよ。5、6回。でもね、同じ人と2回目のデートは無いのよね」
 「え?なんで?」
 「だって、本名も年齢も仕事も年収もオープンにして、一緒に暮らしていけるかを確かめるために、二人で会うのよ。そのうえで再び二人で会ったら、もう、結婚前提みたいになるじゃない。そんな人なかなかいないわよ」
 「そうか。それって、結婚候補者として会っているからなんだろうな。たんに遊び相手なら上手くいくんだろうけど」
 「たしかに。そうかも」
 A子は改めて俺のことを見た。
 「ねえ、JONYさんは、どうやって、結婚したの?」
 面倒なことになってきたと思ったが、仕方がない。コールドテーブルの上にあった『スキー』印の『チョコレート』を皿に盛ってだしてあげたら、A子は喜んで一つを摘まみ口に入れた。
 「俺の場合、結婚願望は全くなかったな。独身主義だったんだ。だからつきあっていた最初の妻にも結婚はしないことをはっきり宣言していた」
 「それなのに結婚したんだ?」
 「気づいたら、一緒に暮らしていて、俺はまだ学生だったんで、会社員の彼女に食わせてもらっていて、彼女の親のために籍を入れたって感じかな」
 「泣き落としに負けたんだ」
 「彼女は一言も籍のことは言わなかったよ。子供も俺が持たない主義だと知っていたから、諦めていた」
 「じゃなんで?」
 「自分でもわからないよ。そんな女だったからじゃないか。籍を入れてやりたくなった」
 A子は不満そうな顔をして、ふーんとつぶやいた。
 「俺の話より、君は、そもそもなんで結婚したいんだ?子供が欲しいのか?」
 「私、もう40歳だよ。子供を産むのは遅すぎない?」
 その声の様子は俺には子供が欲しくてしかたがないことを示しているように聞こえた。
 「遅くないよ。俺の良く知っている女は43歳で子供を産んだよ。幸せなママをやっている」
 それは、俺と長く付き合っていた恋人の実際の話だった。その人も40歳を超える頃、俺といつまでも付き合っていても仕方ないとピリオドを打つ決心をつけた。どうも、女にとって40歳は特別な意味があるようだ。俺はその人のために、趣味の仲間のイギリス人のハゲで話の詰まらないゆえに女にモテない公認会計士を紹介し、俺の恋人はそいつと結婚してロンドンで金髪の天使のような可愛い女の子を妊活の末に出産した。
 「もし、君の結婚したい理由が、子供を産む年齢に関係するなら、結婚より、とにかく早くまず子供を産んだらどうだ?」
 A子は、口に含んでいたウイスキーを吹き出しそうになった。
 「え!結婚もしないで、誰の子供を産むのよ?」
 「そんなの誰の子でも良いだろう。誰の子だろうが君の子だよ。君が育てて君の色に染まっていく子だよ。君が今会っている結婚する気のないボーイフレンドでどうだ?避妊をしないで危険日にすれば良いだけだろ」
 「で?一生、母子家庭で生きろって言うの?」
 「そんなこと言ってないだろ?時間的に締め切りのあるものを先にやれって言っているだけだよ。一緒に暮らす男のほうは、急がなくても、現れるときは現れるさ」
「今、独身でも、婚活に苦労しているのに、コブつきになったら、ますます縁遠くなっちゃうよ」
 俺はハッキリと言ってやりたくなってきた。
 「なあ。君は、結婚を偏差値で考えてないか?偏差値の高い学校が良い学校みたいな」
 「?」
 「君は値札を見ないとその品物の価値を決められないのか?スペックみてから結婚相手を決めようとしているのが結婚が決まらない原因のように俺には見えるけど」
 A子は黙ったままだ。俺は続けた。
 「何の為に結婚したいんだ?今より幸せになるためだろ?社会的スペックの高い男と一緒になることが、君の幸福度を上げるとは限らないぞ。アルマーニ着たブ男より、白いTシャツ一枚のイケメンのほうが良いだろ?好きでもない男とトゥールダルジャンで食べるより、好きな男と吉野家で牛丼食べたほうが旨いだろ。一度、相手のデータを見ないでパーティーで男を選んでみろよ。相手の収入が低ければ君が男を助けてやれば良いじゃないか」
 「そんなの子供の理屈だよ。JONYさんはおぼっちゃんだからそんなことが言えるんだよ。マジ、結婚に、人生かけてんだからね。もういいよ。もう帰る」
 A子は怒ったようだった。席を立つと後を振り返りもせずに店を出て行ってしまった。まあ、たしかに、子供もいない俺なんかに、言われたくないだろう。俺は開け放しになった入口のガラスのドアを閉め、A子の座っていたカウンターの席をみながら
「婚活か」
とつぶやいた。
 辞書にはこう書いてある。
 
 こんかつ : 結婚活動の略。就職活動が「就活」と言われるのになぞらえた言葉で、結婚も就職と同じように積極的な活動が必要であるという意味を含んでいる。2007年に晩婚化や非婚化の実態を取り上げた週刊誌「アエラ」の記事から使われるようになった。
 ( 日本大百科辞典・ニッポニカ より)


 俺は学生のうちに起業しているので、「就活」も「就職」もしたことがない。もともと大学から外にでるつもりは全くなかったのだが、気が付いたら女房に食わせてもらう生活になっていたので、カネを稼がなければならないという必要性から能率的にカネを得る手段として、客単価の高い不動産業を始めたのだった。なので、結婚も会社も目的として目指したものではなくて、気が付いたら結婚していて、気が付いたら会社をやっていたというのが、正直なところだ。
 たぶん人生なんてそんなものじゃないだろうか。訳の分からないうちにこの世界に存在させられて、訳の分からないうちに流されて行き、訳の分からないうちに突然いなくなってしまう。
 俺は帰り支度をしながら、そんなことを考え、施錠して外にでれば、雨は激しさを増していた。
 A子をこんな嵐の中に帰らせてしまったことを後悔する。ただA子に相槌をうち、A子を慰め、A子を励ますことだけして、車で送ってやるべきだったのに。
 傘を広げ駐車場へ歩きだしたら、遠くで『雷』鳴がした。こんな夜にA子は自分の部屋にひとりでいるのがつらくはないのだろうか。思っても仕方のないことなのだが、俺自身つらくなっていくのを止めることができなかった。
                      終わり

コメント(4)

「たぶん人生なんてそんなものじゃないだろうか。訳の分からないうちにこの世界に存在させられて、訳の分からないうちに流されて行き、訳の分からないうちに突然いなくなってしまう。 」というセリフにグッときました。

 私も結婚しない主義の永遠の文学・哲学少年的なピーターパンのはずだったのですが、気がつけば、何も世界を認識しないまま、何も世界を表現しないままに、いつの間にか家族持ちの社会人になって世俗にまみれた仕事と家庭を維持することに人生の大半を捧げてしまいました。

 玉手箱を開けた浦島太郎のように、気がつけば老い姿で海辺に取り残されていたのです。

 もう、そろそろ、ある日いなくなってもおかしくない齢となりました。

 最後に人生を振り返ってみて、なぜ、今の仕事、なぜ今の家族と言われても、小説の主人公のマスターのように訳のわからないうちにそうなったというのがほんとうのところです(表向きの大本営発表の『愛と正義』という巧言的な公式見解とはかなり違います……。笑)。

 マスターの生き様が心に刺さるお話でした。
大変興味深く拝読しました!
私自身、婚活を経て結婚し、今子育て中なので、自分の身に置き換えていろいろ考えてしまいました。人生における金言がいろいろ含まれているように感じたのですが、主人公であるマスターの思想が深いせいでしょうか。
「結婚とは」「恋愛とは」そういう永遠のテーマに関する深い洞察を、こうやって物語の中で読むことができて、充実した読書体験となりました!
婚活パーティー。
私は行ってなく、大学時代の女友達だった数人(偶然千葉県出身)から話を聞くところ、戦果は少なかったらしいです。なかなか難しいようで…。
一見あり勝ちな展開のなかに今回のA子さんのこの件に限らず溜まってしまって本人ももて余しているような疲れと影も見え隠れしているように思えました。そこに「雷」雨…隠喩でしょうか。
とても心の襞を感じる仕上がりと見ました。
おとといはお会いできませんでしたが、どうかご自愛くださいm(__)m

最近、何人も友達が相次いで婚活の末に結婚したので、考えさせられるな〜と繰り返し読ませていただきました。
うまく言えないのですが、A子が「婚活をがんばっている自分に満足」しているようにも見えて、
どんな相手でも満たされないのではないだろうか、と思ってしまいました。A子の苦悩ももちろんわかる気はするんですが…

話は変わりますが、結婚した友達の一人に理由を尋ねたところ、
「まあ、1回はしてみてもいいかなと思って」
という返事が返ってきて、なんか、なるほどな、と思った記憶があります。
そういうものなのでしょうか…

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