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半蔵門かきもの倶楽部コミュの 第八十五回 JONY作 「Gold Anklets」 ( テーマ選択『海』『アンクレット 』『花火の燃えかす』))

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 最初、常連のx氏の連れが、A子(仮名)だとは気が付かなかった。その夜は、俺の店にしては客が多く、狭い店なので客同士が触れ合うような状況で、x氏も俺と余り話すことが出来ず、X氏は気をつかって早々に帰ったので、俺は、初めて店に来たその連れの女性と挨拶程度の言葉しか交わしていなくて、まさかその人があのA子とは気がつかなかったのだ。
 閉店時間になり、客も全員帰った後、A子は再び一人で店に戻って来た。
「すみません、今日はもう終わりなんです」
と、俺が言うと、A子は
「もしかして、K Kさん?」
と俺の苗字名前を続けて呼んだ。
 その言い方に、遠い記憶が呼び起こされて、俺は、彼女の足元を見た。地味な安物の黒パンプスを履いた足の足首に金のアンクレットが光っていた。
「もしかして、A子さん?」
と訊いた。
「はい。A子です」
 A子は恥ずかしそうに小さな声で答えた。
 俺は昔の記憶をたどった。彼女とは、今日を含めて3回出会っていた。

[最初の出会いの記憶]
 A子に最初に出会ったのは俺がまだ青臭い大学院生の時だった。俺は学者にならせてもらう積もりで、1日の大半を院生研究室という名の自分の固定席と、大学図書館と、自宅の三点を行き来していた。A子とは、田町駅前の雑居ビルの中の歯医者の待合室で初めて出会い、会ったとたん彼女の顔から目を離せなくなり、帰りのエレベーター前で声を掛けたのが最初だった。その近くの『ペナント』という喫茶店(因みにそこは現在は『Flag』と言う店になっていた)に、「5分だけ」という約束で入った。
 『ペナント』の薄暗い小さな席で何を話したか、細かい内容は忘れたが、「君に声をかけずこのまま接点を無くしたら一生後悔すると思った」と言ったことだけは、そのときの白いカップの中の珈琲の泡だちと共に覚えている。そのときの自分の気持ちを思い返して見ると、俺の中で渦巻いていたのは激しい「焦り」だった。俺は、数年前に知り合った跡見学園の平凡な女子大生との関わりが深くなってしまい、その女が就職してからも縁が切れず、このままでは同棲してしまいそうな雲行になっていた。独身主義で俗事との関わりををなるべく避けて生きていこうと決めていた俺は、一人の女に執着する気持がだんだん深くなることを恐れていた。このままでは、大変なことになるぞと俺の本能は警告していた。そんな中で、俺は、女はほかにもいると自分に嘯き、その日の行動の動機もそこにあった。
 『ペナント』の薄暗いテーブルの向こうで俺を見上げるA子は俺と同じ大学の二年下の文学部3年の少女だった。彼女は、森の小栗鼠のような愛くるしさで、俺を下から無防備に見上げ、自分のことを語った。彼女の家は或る有名百貨店の創業家だった。一人娘の彼女は婿を取って子供を産んで家を残さなければならない立場にあった。親の決めた婚約者は、通産省のキャリアで、よく聞いたら俺の学部時代の語学クラスの同級生のBだった。
 「大学を出たらBと結婚することに決まってるの」と言った彼女の声には悲しみのようなものが含まれていた。
 A子も俺も「このままで良いのか」という焦りがある点で共通していて、気持が合うところがあった。平凡な女の勤め人の女と誰に知られることなく街の片隅で逢瀬を重ねている一学生の俺と、代々つづく金持ち名家の娘が、エリート官僚との政略結婚という華やかなレールに反抗心を感じているのとでは、住む世界も違えば、置かれた状況もまるで違っていたが、気持の上で共通するものが確かにあったのだ。
 『ペナント』から二人で出たのは1時間も経ってからのことだった。お互いに離れがたく、その日の夕方には、安い円山町のラブホに入った。俺はともかく、典型的なお嬢様のA子も、セックスはすでにBと経験済みだった。「いいのか?」と聞いたら、すがるような目で「めちゃめちゃにして」と言われた。
 お互いに、ステディな別の大事な人がいるのに、なぜ数時間前に偶然出会ったばかりの人と、円山町のラブホなぞにいるのか。二人とも、恋人の乗り換えは考えてなかった。なので、当時、俺もA子もまたそれぞれの恋人も誰もが独身だったが、これは、「不倫」に違いなかった。しかし、だから何だというのか。色々なしがらみのこびりつきはじめた自分の恋人との関係と、今日知り合い気持ちの通じた少女との関係の、どちらが「正しく」、どちらが「過ち」だなんていうことを、誰が言えようか。
 数時間後、俺たちは雑踏の渋谷駅のホームにいた。
 A子は、俺の目を見て、「もう、私たち、会っちゃダメだよね」とつぶやいた。俺は黙ってうなずくしかなかった。下を向いた視線の先にA子の細い足首に絡みついた金のアンクレットが輝いていた。
 ホームに入ってきた山手線にA子は乗り込み、閉まった扉のガラス窓から手を振る彼女を俺は見送った。
 因みに、その翌年俺は元跡見学園の女子大生だったその平凡な女子会社員と学生結婚し、学者の道をあきらめて、学生ながら金を稼ぐために不動産会社を起業することになるのだった。

[二度目の出会いの記憶]
 A子と、二度目に出会ったのは、それから10年経ってからだった。仕事で行った札幌Gホテルのラウンジだった。待ち合わせ相手を待っていた俺の背後から「もしかして、KKさん?」と声を掛けてきたのがA子だった。苗字ではなく、下の名前でもなく、選挙のように、氏名をはっきり呼んだその女性を振り返り、俺は遠い過去の記憶を呼び起こした。A子は今では近寄りがたいくらいの上品な雰囲気をまとっていた。お互いにそのときは約束した人と会うことになっていたので、夜の10時にそのホテルのメインバーで会うことにした。俺はその日の夜に帰京するスケジュールだったが、秘書に翌日午前中のスケジュールをキャンセルするように指示し、ホテルに連泊することにしエアーチケットを変更した。翌日のスケジュールが契約であれば変更は無理だったが、社内の業務処理と会議だけだったので、A子との時間のほうを優先させたのだった。
 夜の10時10分前に俺はホテルの部屋で着替えて、ラフな格好になり、設立の年号を名前にしたメインバーに降りていった。カウンターに座り、ラフロイグのオンザロックを手に、背中から聞こえて来るジャズの演奏を振り返ることもなくぼんやり聞きながら鏡張りの壁の前に並んだ酒瓶を眺めていた。約束の時間を過ぎてもA子は来なかった。シングルモルトのウイスキーをボウモアに替えて、それも、飲み終えてしまうころ、ボーイに俺の名前を呼ばれて、電話が入っていると言われた。電話はもちろんA子からだった。受話器の向こうから、
「あなたの部屋の番号を教えて」
というA子の声が聞こえてきた。
 A子は、その時には、すでに世間から顔を知られる存在になっていた。家業の有名百貨店の札幌支店の支社長に通産省を退職したBがなっていたこともあり、札幌のような狭い街では、ホテルのバーで知らない男と飲んで噂になることを避けたかったのだ。
 部屋のチャイムが鳴り、夜の10時過ぎにA子はやってきた。10年前の美少女は、気品に溢れた美人の若奥様になっていた。それに比べて、俺は自分自身が恥ずかしかった。10年前の痩せた学究の徒は、今や80キロを越える肥満体の不動産屋に成り果てていた。
 A子は、
「真っ黒ね」
 部屋に入ってくるなりそう言った。
 確かに、冬はスキー場それ以外は、海とゴルフ場にほとんど居る生活の俺は、肌が白くなる暇が無かったのだった。 
「君の家の船は横浜ベイサイドマリーナのEバースだろ?うちの会社もCバースに置かせてもらっている」
 Eバースというのは50フィートクラスの船を係留する浮き桟橋で、A子の家は、45フィートのスワンというメーカー(車で言うならロールスロイスにあたる)の、船を所有していることを俺は船の雑誌で知っていた。 因みに俺の船はA子の家の船の10分の1の値段で買える国内造船所製作の32フィート艇だった。
「そうなのね。お互いに10年経てば、変わるわよね」 
「いや、君は全然変わってないよ。Bと結婚して、順風満帆の人生を歩んでいるんだろ?俺も君と同じ頃、結婚したが、学者になるのを諦めて、不動産屋になっちまった。それどころか、その妻を捨てて、別の女と暮らしてるていたらくだ。身体も、こんなデブのおやじになっちまって、恥ずかしいよ」 
 A子は魅力的な満面の笑みを浮かべ、
「私も、妊活で、それなりに大変なのよ。札幌で偶然会ったのも何かの運命かも。あなたのこともっと色々教えて。私のことも色々話したいの」
と言って、ルームサービスで取った冷えたブーブクリコのスパークリングを飲んだ。
 「ちょっと楽にならせて」
と言って、クリスチャン・ルブタンの赤いピンヒールを脱ぎ、部屋のスリッパになった。相変わらずくびれた細い足首には10年前と同じ金のアンクレットが光っていた。

[現在の俺の店の中]
 俺の店に閉店後に戻ってきたA子は、俺の問いに、
「はい。A子です」
 と、恥ずかしそうに小さな声で答えた。
「どうぞ、座って」
そう言いながら、俺は、門扉を施錠して、入口のガラスの扉に掛かっていた札を「close」にした。
 俺は、目の前にいるA子に、紅茶を勧めながら、改めて彼女の容姿を盗み見た。
 A子は、年相応の容姿になってしまっていた。
 自分と同年代の「美魔女」たちを見慣れていた俺は、同年代のA子も女優並みの美しさを保っているだろうと思っていたが、実際には、A子は無理に若く見えることを選ばず、年齢相応に見える歳のとりかたをしていた。俺の周りのリフトアップ手術やヒアルロン酸注射でアンチエイジングをしているいつまでも30台に見える女たちと較べると、A子は確かに美形ではあるがトシがでていた。「前と変わったね」と言う言葉を飲み込み、
「元気にしている?」
と俺は、わざと明るい声を作って聞いた。
「うちの家のこと知らないの?」
とA子に言われ、
「週刊誌とかで読んだ。大変だったね」
と答えた。
 俺がマスコミなどで知った知識を、要約すれば、以下のようになる。A子の実家は、江戸時代から続く商家のおおだなで、名門百貨店を所有していたが、電鉄会社の系列の百貨店に押されて経営が大変だった。先代の社長のA子の父が死んで、婿養子のBが跡を継いだが、Bは電鉄会社系列の百貨店に吸収される合併を進めて、A子の血の繋がった創業家一族と対立した。A子は板挟みになり離婚することになり、Bは百貨店の取締役会で解任され、合併は流れた。しかし、創業家の個人資産を担保にした借入を返済することができなくなり、弁護士が私的整理をして、A子の家は財産を売却して債務の返済を行った。創業家の最大資産である百貨店の株式は競売の結果最高値を付けた合併予定だったの電鉄系列の百貨店が落札した。Bの意見を聞いて合併していれば良かったと言う結果になったのだった。
「松濤の家は?」
「売って債務返済に回ったわ」
「スワンの45フィートは?」
「あなたに買ってもらおうと思って会社に連絡したんだけど退任されたと聞いてビックリしたわ」
「俺もあれから病気したりしてさ。それでクーデターにあったりしちゃって。会社は手放した。俺の不徳の至すところさ」
 俺は、A子の前に置かれた紅茶のカップを下げて、ワイングラスを置いてブーブクリコの栓を抜いた。A子は、申し訳なさそうに
「私、今日、そんなにお金持ってないから」
と言いかけたが、俺は、
「良いよ。お金なんて」
と、言って彼女のグラスと自分用に出したグラスにブーブクリコを注いだ。
 天下のお嬢様だったA子が今は飲み代もままならなくなっている思うと、俺は、なんだか世の無常に腹が立った。俺もカネを馬鹿にしていたが学生結婚をした事でカネを稼がざるを得なくなり、一時はカネのための人生を送った時期もあったが、再び今はカネのかからない文学と美術だけに生きている。ずっとカネに恵まれていたA子は今どうなってしまったのだろうか。
「俺が、マスコミの報道で、理解したのは、Bは裏切り者でも、愚か者でもなかったということだね」
と聞いてみた。
「そうね。あの人は立派な人よ。私なんかと結婚したばかりに、マクロなお仕事を捨ててしまって。申し訳ないことをしてしまったわ」
「たしかに頭のいいヤツだった」
 同じ語学のクラスでの真面目な優等生の彼を思い出して俺は言った。
「Bは今どうしているんだろう」
「ロンドンにいるわ。証券会社の副社長している。イギリス人の可愛い奥さんと一緒みたい」
「そうか」
 俺は話題を変えて
「Xさんとは?」
と訊いてみた。
「X先生は、私の上司よ。今、X先生の設計事務所で働いているの。パートだけども」
 なんと、今、A子は時給で働いているのか。信じられない思いだった。俺は急にいろいろ訊きたくなった。今は独身なのか再婚しているのか。もし男と住んでいるならその男は何をしているのか。最後に会ったとき妊活の話をしていたが子供はできたのか。子供がいるとしたら、彼女の実家の再興を託せるような子なのか。しかし、俺は、何も訊けなかった。彼女から何を聞いたところで、俺に何ができるというのか。
「そうなのか」
 俺は、ただ、それだけ言うと、空いた彼女のグラスに酒を注ぎ足した。
 彼女にしても、俺に訊きたいことは山ほどあったのかも知れない。最後に会ったときに俺が家を出て同棲していた女とどうなったのか、同じマリーナの俺の小さな船はどうなったのか、なぜ不動産屋だった俺がバーなんぞをやっているのか。
 A子は旨そうにグラスの半分ほどを飲むと、ぽつりと、
「今度またいつかどこかで偶然めぐりあうことがあるとしたら、私たちどうなっているのかしらね」
と言った。
 俺は、10年先の自分を考えることなどしたくなくて、
「君は幸せになっているさ。俺には判る。こう見えて俺は今占い師もやっているんだから、間違いないよ」
と言った。根拠はなかったが、それは、俺の願いだった。心からの願いだった。
(終わり)

コメント(1)

齢40を越えてからの出会いには驚きと発見に満ちていることもあるのですが、再会には何か気恥ずかしさで尻込みする思いなのは…ほんの僅かな逢瀬であれ過去を引きずり自分の中で咀嚼しきれない後悔の念なのかなぁ〜と考えたりもします。
また30年後くらいに同じような思いに囚われるのか?人生は実験が出来ないので、10年くらいのスパンで検証が出来ると、深みある物語になりそうです。

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