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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第82回文芸部A hirojk 作 「穴」(三題噺 『桜』『チョコレートドーナツ』『タバスコ』)

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 カウンターのお姉さんがニッコリ微笑む。

「ありがとうございます。以上でよろしいですか?」
言葉を受けるように頷くと、
「お先にお会計させていただきます。」
「ポイントカードは、お持ちでしょうか?」
持っていないこと、新規に作らないことを伝える、
「はい、かしこまりました。399円でございます。」
「お支払い方法は如何なさいますか?」
電子決済を頼む、
「端末の表示金額をご確認の上、タッチを御願いします。」
表示された399の数字を見て支払いを済ませた、
「奥のカウンターで飲み物をお渡しいたします。」
「手前に移動して、少々お待ちくださいませ。」

一連の手早さと丁寧さが漂ってる空気の前から離れ、軽く溜めた息を吐き出す。
これだけの回数をこなしたら、もう流石に無言で購入が出来るかQRコードを翳すと注文が済むようになるんじゃ?と思うのだが…なかなかネットで事前注文に切り換えない僕にも問題はあるのかもしれない。

そんなことを思っていると、メッセージ着信をスマホが通知してくれる、この設定音は彼女からで間違いない。
さっきよりも少しだけ深い溜め息と共に、画面を覗く。



 僕が一人で住んでいる家賃七万九千円なキッチンと一部屋とは雲泥の差な、お屋敷が並ぶ町を過ぎた一駅先で電車を降りた。
彼女には悪気はないのだろうが、メッセージを受け取った店から指定された駅まで急ぎ向かうと丁度の時間で待ち合わせの指定をされるのは、乗り換えも含めて脚本があるのかも?と訝しげにも思ったりする。
涼やかな笑顔の彼女が、改札口を出た先で待ち受けていた。

「時間通り、流石ね。」

「家から出て、ちょうど駅の傍に居ましたから。」
慌てて注文の品を受け取り頬張って、駅に向かったことは尾首にも出さず、
「日曜日に呼び出すなんて珍しいですね?御自宅に伺って、この前の晩御飯の御礼を、ばあやさんに伝えたかったのに。」

僕の言葉に耳も貸す素振りは微塵もなく、
「たまには外食でブランチするのも良いでしょう?」

踏切を渡り道路向かいにある御店へ、歩みを進める彼女の背中に付き従って入る、ここを訪れるのは始めてだ。
日曜日は平日より一時間早い営業開始時間、開店の直後なのに、こぢんまりした店内は既にテーブルが二つ埋まっている。
まだ肌寒いのでオープンデッキの席は敬遠して奥のテーブルに陣取り、ランチのメニューから出来るだけ食欲が湧くチリコンカンバーガーのセットメニューを僕は注文した。

「今日は急にどうしたんですか?執筆の方は滞りなく進んでいるようだと思っていますけれど。」
担当編集者らしい気遣いしている風を装い、御伺いを立ててみる。

彼女は少しだけ目を細め、イタズラっぽい表情を作り、
「実は、桜の樹の下の屍体の事で…」

自分の耳を疑って、咄嗟に眉根を寄せた。
聞き返す前に、からかわれているのだろうと思い、
「桜の樹、埋められた屍体、梶井基次郎ですか?」
と尋ねてしまう。

転がるような声で笑い声をあげて彼女が話し始める、
「小説のプロットではなくて、実際に埋めるのには、どうか?の話。」
「既に葉桜の時期だけれども、今年も各所で花は満開だったわね…初夏の陽気になったり氷雨に打たれたりでも寡黙に堪えて咲き誇る姿は日本の春な象徴。でも、その美しさだからこそ、不穏な噂も立つ。」
「華やかな樹の下に忌まわしい屍体が埋められていて、その養分を吸い取り綺麗な花咲かす。ミステリーとしては妖しくも興味ひかれる内容だけれども…大樹の桜は根も太くうねりながら広がり、木の根元は凡そ移植する時に重機で掘り起こしでもしないとシャベル等では歯も立ちそうにないでしょ?」

端正な顔立ちの彼女が大真面目に話すのだから、勿論のこと無下にはできず。

「成人な男性と女性の何れにせよ、土を深さ2メートル程、西洋風な棺桶で埋葬の長方形でなければ直径1メートルの穴で昔は土葬をしていたことも有ったそうだけど。太い根が張った地面の下、屍体は如何にして埋められたのか…」
そこまで彼女が語ったところで、ランチのプレートが運ばれてきた。



 二人とも、一先ずは食事に専念することに。
チリコンカンバーガーのバンズを除け、タバスコを掛けようとテーブル上の調味料並びを見るも、特徴的な形のボトルは姿がない。僕の様子をみて彼女は察したらしく、
「ここの御店はタバスコは置いて無いわよ、頼めばハインツのシラチャーソースの瓶を出してくれるわ。」
確かに、テーブルに並んでいるのはトマトケチャップにマスタードもロゴ入りの大振りなプラスチックボトル、そして極めつけにモルトビネガーと書いてある瓶もハインツ製…彼女が好みそうな御店であることは間違いない。仕方なく、出されたままで有り難く頂く。
「折角だから休日昼酒を楽しみましょうよ。」
彼女の一声で頼んだ、モヒートの苦味が強く感じられたのは気のせいか…

少し食事が進んだ時点で彼女が話を再開する、
「穴を掘るのさえ困難な場所、夜中であろうと衆目あるところでは憚られるどころの話ではない。でも妖しげな噂に取り憑かれている狂気の中、桜の樹の下に屍体を埋めたいと思っている貴方は、どんな風にするのかしら?」

あまり食事をしながら喋る話題では無いよな…と思いながら、少し話題を逸らせてみる、
「そこまでして埋めたい相手は、どのような関係なんでしょう?やはり、色恋沙汰での異性になるのかな?そんな心持ちになってしまう状況もありそうなことは、心情的には何となく理解できますが。」

言葉を濁し直接的な回答を避けている僕に、
「愛情が拗れての永遠の所有欲を満たすべく、殺めて秘密裏に埋めてしまいたい、その場所は自分だけが知っている。そして季節毎に思い出させられるように桜の花が咲くことに悦を見出だすのは、情念としては面白いわよね。」
「恋い焦がれて結ばれ、いつまでも傍らに本当は居たいのに、相手の心変りを案じ。叶わぬならば自らの気持ちを成就させる手段として追い詰められながらの手段を選ばずは、性別ではなく相手を想うが発露で対象が異性とも限らない…」
「でも今回は、そんなロマンチックな気持ちに浸るのではなく、その先の実務的な埋めるの話。簡単に済ますために、バラバラにしてしまうのは無し。頭蓋骨から脚の指先の骨まで含めて、まるっと一揃いを扱うには?」
彼女の追い討ちは容赦ない。

やぶ蛇だったなと、ひとくち齧ったバーガーを溜め息の代わりに飲み込んで、頭を廻らす…
「物理的な面で、大樹の下に穴を掘る方法を重機なくは降参です。しかも屍体をバラバラにしても駄目となると、穴のサイズは先ほど仰ったものになるのですよね…普通に穴掘りしても、掘って埋め直すのにシャベルとかでは一晩中掛かるでしょう。」
「衆目も気にせず作業が出来るのは、山の中か生い茂った藪のような人里離れた場所でもない限りは難しい。それこそ公園の花見の席が設けられるような桜の樹の下なんて、とんでもないですよ。」

「そこを何とか、敏腕編集者の知恵で解決はできないのかしら?でも、先に食事を済ませてしまいましょうか。」
彼女のイタズラっぽい表情に、ますます磨きが掛かる。蛇に睨まれた蛙の顔ってのは、今の僕がしているのだろうと鏡があれば覗き込んでみたい。



 古民家を再生したようなカフェ・バーでの会計は、彼女が現金支払いで済ませてくれる。
「礼には及ばないわ、休日に呼び立ててワザワザ来てくれたのですもの。食後のお茶は、ばあやに家で煎れて貰いましょう。もう花は咲いてないけれど、桜の並木を通って回り道をしない?」
もう今日の夕方までは…事と次第では、ばあやさんが腕を奮って晩御飯まで用意してくれる塩梅にもなり兼ねない…とは言っても、特に大した予定もない僕には断わる理由もなかった。

薄曇りで陽射しも強くない穏やかな天気の中、先に見える若葉が鮮やかな桜の樹を辿りながら、雰囲気にそぐわない話が再び始まる。
「少し条件を確認させてください、埋めるのは『いま』ではないと駄目ですか?桜の樹の下に屍体が埋まっている状況があるをクリア出来るで良いのならば、何とかなりそうと思い付いたことがあります。」

「是非、聞いてみたいわ!」
小首を傾げながら、子供のように興味深々な眼差しが見つめてくる。

いつもながらハッとさせられ、足元を気を付けるように俯きながら、
「桜の樹は屍体の養分を吸い取って花を咲かせるのですけれど、それ以前に樹木として成長をしていますよね。その結果として、地面に太く根を張りシッカリとした幹と見事な枝ぶりの今の姿であるわけですけれど。」
「大樹が移植されてくるタイミングで事前に穴掘られ、人が落ちないように覆いで養生されているところを、屍体が放り込まれ見付からずに翌日に植えられて埋められることもあるかもしれませんが、万全ではない。」

「慎重派の貴方は、避けそうな事ね。」

「そもそもの話に戻ると、土葬の仕方ですよね。埋めた後に誤って掘り返してしまわないように、饅頭型に盛り土をして木の墓標など立てることから墓の原型ができたと聞いたことがあります。」
「何かが立っている場所を掘り返して埋める、なんてことはナンセンスなんですよ…逆に考えれば、誰にも見られないところに屍体を運んで埋め、その場所に桜の苗木を植える。時が経ち、大きな桜の樹に育った。」
「その成長を白髪混じるまで見守り、木を植えた周辺が拓かれて花見がされる程に賑わうようになった。そんなシナリオの方が、大樹の下を掘って埋めるよりも、現実味が在るような気がしませんか?」
ここまで話し、横目で様子を伺ってみる。

満足げな笑みを浮かべ、僕の説明に彼女は応えもせず。
ばあやさんが待つ御屋敷まで言葉なく黙って、そのまま数分ほど歩いた。
そして、ばあやさんは玄関先へ計ったかのように迎えに出てくれ、程なく通された客間へティーセットが運ばれてきた。

「ばあやは、桜の花が好きよね。」

その台詞に、ばあやさんはニコニコしている。
呆気に取られそうになったが、いつもの事だと口を挟むのは諦める。そして今晩も、ばあやさんの美味しい御飯を頂こうと腹を決めた…



 微妙なモヤモヤ感を抱いたまま帰宅したので、変に考え込んでしまい熟睡はできなかったけれど目覚ましのアラームの音に起こされる。昨日の事は忘れることにして、軽く身支度し部屋をあとにする。
 なんだか非現実的な日曜日が日常の中に1日割り込んだせいで、一晩過ぎてもリズムの違う空気感が纏わりついてるようだ。これではいけないの気持ちを洗い流すべく、見馴れたガラスのドアを開け、お店のカウンターへ向かう。
チョコレートドーナッツとコーヒー、そんな朝食の日々が、また始まる。

コメント(7)

この女性作家の住んでいるばあやのいる屋敷は暖炉のある古い洋館でしょうか。それとも囲炉裏のある田舎の古民家のような家でしょうか。担当編集者と女性作家という組み合わせが良い味を出していますね。やはり、桜の樹の下の死体という図は、何年、何十年もの年月を経ないと実現しないものなのですね。春の空気が伝わってくるセンスの良い作品と思いました。
>>[1]
第81回での作品「岩」は導入を意識して書いていたのですが、この「穴」はスピンアウト的に書いたつもりだったので…あえて主人公達のバックグラウンドはボヤかしつつの描き方になりました。
実際にイメージしてはあるのですが、まだ読者の想像に任せる感じであせあせ
前回の時点からキャラクターとしての自由闊達な作家に振り回される編集者の2人は出来上がっていたので、このまま連作になるのかな?作家に書かれる推理小説ではない、日常の小さなミステリーを10篇にも満たない短編集のような形が良いかなと思っています。
桜の樹の下は様々な解釈や無理ならばの櫨木の洞を使っての創作など多種ありますが、時間経過を使っては既に誰かが書いていそうな気もします。
お読み下さっての感想、ありがとうございます。
■■
今作も前回に倣い、15分ほどで読めることを意識しつつ。前のコメントに書いたように、スピンアウト的なものと思っていたので文体は少しだけ毛色が違うのは、今後のことも考えての御試しの意図もあります。
サラッと読めることを念頭に、深くないミステリーを書きながら、今回は「ばあやさん」のどんでん返しが上手く描き切れなかったなぁ〜の気持ち。
三題噺なのでお題は勿論のことですが、他にも言葉遊びなど盛り込みつつ面白い読み物になるようにと思っています。
今回は昼食の御店と桜並木と御屋敷の場所は実体験から、僕の住んでいるところは出版社を仮決めして住宅情報サイト、ほかはHEINZやドーナッツショップのHPを参考にしつつGoogleMapと交通案内アプリなどで裏を取り舞台設定を決め、あとはまた主人公達に話を進めて貰いました。
>>[4]
感想ありがとうございます、「彼女と僕」のシリーズは書き続けたいなぁ〜と、だんだん思えてきました。
作家である設定の彼女が書く内容は描かれることは無いとおもいますが、彼女と僕を巡る人のチョッとしたミステリーを解き明かす?

僕は花筏が好きで、この10年程は毎年のようにボートで漕ぎ出ていたのですが、今年はタイミング・スケジュール的に難しいかなぁあせあせ桜の花びら散る姿も良いですよね。
■■ ばあやさんの締めは、会の当日にアドバイス頂いた内容を参考に以下のように修正してみました。もう少し踏み込んで、ばあやさんと桜の結び付きを明示した方が効果的であるとのアドバイスが活かしきれていますように。

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そして、ばあやさんは玄関先へ計ったかのように迎えに出てくれ、程なく通された客間へティーセットが運ばれてきた。
窓から見える中庭に、どっしりと根を張り幹の太さが八十センチもある桜の樹も既に花は散ってしまっていた。

「私がこの家に住むようになる以前から、ばあやは屋敷の持主に仕え、この桜の樹を五十年ほど前に植えて見守り愛でてきたそうよ。色濃く咲く、この樹の桜の花が、ばあやは本当に大好きよね。」

その台詞に、ばあやさんはニコニコしている。

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