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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第八十回 JONY作 「四人の客」 (三題噺『豆』『ギター』『ろうそく』)

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「これから行っていいですか?3人ばかり連れて行きますけど入れますか」
  起業家のNから久しぶりの電話をもらったのは寒い冬の夜だった。俺の小さなBarには誰も客はいなかった。
 入口を開けて入ってきたNは、後ろに、美人の女と、若い男を連れていた。
「お久しぶりです。Kさん」
 俺がこの店を始める前からの知人のNは、俺のことを店で皆が呼ぶJの名前ではなく、Kと言う昔の呼び名で呼んだ。店で最近、Kの名で呼ばれることはないので、落ち着かない感じがした。
「あとから、Sがやってきます。近くのコインパーキングで車を停めてるので」
 Sという名前に覚えはないが、Nの言い方からして、俺も知っている人なのかもしれない。
N自身は、運転手に車を運転させて自分は後部座席で今日も来たのだろう。入口のガラスのドアから見える鉄の格子の先の路上にベントレーの前部が見えた。
 彼ら3人はカウンターの奥から、若い男、女、Nの順で座った。
 若い男はTと名乗り、名刺を寄こした。名刺には銀座の古くからの『豆』菓子屋Tの名前と取締役常務という彼の肩書が入っていた。社長は彼の父親なのだろう。たしかに銀座の老舗店の二代目のボンボンにありがちなおっとりした甘いマスクの男だった。
 そのとき、入口のドアから、坊主頭の男が入ってきて、
「こんばんは。Kさん。ご無沙汰です。Nさんに連れてきてもらいました」
と言いながらカウンターの一番手前のNの隣の席に座った。
  Sと苗字で言うから分からなかったが、Sは、昔、Nと俺と3人で既婚者合コンなどで一緒に遊んだことのある新富町の寺の息子だった。当時、副住職で、もう父親が亡くなっていれば、今は住職になっているはずだった。俺がこの小さなBarを始めてからは接触はなかったが、気さくな良い奴だった記憶がある。
 美人の女はA子と下の名前を名乗った。その名前を聞いたとき、はるか昔の思い出が蘇った。まだこの店を始める前に、俺はA子と数回だが会っていた。たしか、秋に出会って冬には会わなくなったのだ。冬に俺が脳梗塞で100日入院し、退院後、A子の携帯の番号は不通になっていた。そのときも、俺は結婚していて、ほかに長い付き合いの彼女もいたし、俺の記憶に間違いがなければ、A子にも夫がいた。そのとき、すでに俺はNと知己だったが、A子をNに会わせたことはない。
 今、A子は俺の店に来て、「はじめまして」と俺に愛想を振りまいている。俺のことを忘れたのだろうか。それともNたちの手前、他人を装っているのだろうか。とりあえず、俺も「はじめまして」と言って、彼女の美貌を褒めた。
 坊主のSと俺は運転があるのでレモンソーダで、N、T、そしてA子は俺が冷蔵庫の奥から特別に出したヴーヴクリコで乾杯した。
 Nは、
「今、『M』の帰りなんですよ」
と俺に説明した。
『M』というのは、一切看板など出しておらず、ネットにも載せず、紹介だけの客で、インターフォンで確認してから人を入れる、『蝋燭』照明でいつもハードロック系の『ギター』音楽の乱痴気パーティのような店だ。俺としては、A子が『M』に行ったのが驚きだった。俺がA子と行ったことのある場所の記憶は美術館か伊豆の海くらいしかなかったからだ。
 若いTが、
「はじめて連れて行ってもらったのですが、最高でした」
と、隣のA子を意味ありげな目で見ながら言った。
 Nが、苦虫をかみつぶしたような表情で、Tをにらみつけ
「君が一人で行っても、また『M』に入れてもらえるかは分からないよ」
と釘をさした。
 Tは、酔っているのか、それとも場の空気が読めないだけなのか、
「ぼくも、NさんやA子さんと一緒じゃなきゃ、行きませんよ。A子さん最高ですよ」
と言って、A子の横顔にみとれていた。
「あなた、飲みすぎよ」
 坊主のSも、Tに、
「そうだ。君は、飲みすぎだよ。酔っぱらっているだろう。『M』から一歩外へ出たら、そこはもう、娑婆なんだ。ルールやマナーに縛られている苦界なんだということを忘れちゃいけない」
と声をかけた。
 しかし、若いTは相変わらず、A子の横顔を穴のあくほど見つめ、
「縛るのは好きなんですけどね」
と独り言ちた。
 Nは、
「おい、君。いい加減にしないか。Kさんにも失礼だろ」
と声を荒げた。
「まず、私に失礼ですけどもね」
「あ、もちろん。そうだよ。それは当り前のことだ」
 Sが立ち上がり、Nに言った。
「Nさん。今日はありがとうございました。ちょっとT君は酔っぱらっているみたいなんで、ぼくが送っていきます。Kさんのお店の場所も判りましたし」
そう言って俺に2万円を渡した。
 Nは、それを見ていたが止めなかった。『M』の払いはNがしたのだろう。ヴーヴクリコ1本で2万取ってもよかったが、Sがレモンソーダしか飲んでいないことを思い出して、1万円を返してやった。
「Kさん。すみません。場所が判ったので、また、来させてください」
 Sはそう言いながら若いTの腕を引っ張り、帰っていった。
 あとには、NとA子と、店の外のNの車と運転手が残った。

 俺は、NとA子に訊いた。
「お二人は長いんですか」
 二人とも黙った。先に口を開いたのはNだった。
「Kさんだから、話すけど、A子は私の姪なんですよ。兄の子供なんです。彼女が子供のころから知っているんです」
 ということは、A子が俺と知り合ったころには、すでにNと付き合っていたのか。
「お二人は恋人なんですよね」
 答えたのはA子だった。
「そうよ。もちろん。私の初体験の相手はこの人ですもの」
 昔、俺が、A子と偶然出会ったときにはもうNと出来ていたのか。自分の不明ぶりが情けなかった。
 Nが、話題を変えるようにTのことを言い出した。
「しかし、彼はいかんですね。生まれながらの小金持ちってのは。たいしたことないくせに女は皆自分に関心があると思ってる。A子の乳揉んだくらいで、特別な関係になったと勘違いして」
「いったい、『M』で何してきたんですか。T君はA子さんに首ったけのように見えますよ」
 NはA子の肩に手を回し、笑いながら
「いやあ、こいつも悪い。『M』のソファー席で、T君がどうしていいか分からないのを見て、いきなり彼の膝にまたがるんだから」
と言った。
「だって、T君って私が結婚した年に中学に入学したのよ。つい、構いたくなっちゃう」
 Nは
「悪い子だ」と言って、笑いながらA子の頬っぺたをつねった。
 その時、Nの携帯に着信があり、Nは
「すみません。でなきゃいけない電話なので」
と言ってひとり、店の外に出た。
 俺はA子と二人になった。A子の態度は変わらなかった。やはり、この遊び人の美女は昔数回会っただけの俺のことは忘れているのだろう。というか、入院の前の俺は85Kgのスーツ着たギラギラしたデブだったのが退院したときは58Kgになっていたのだから、もう同じ男と分からないのかもしれない。A子は昔と何も変わってなかったが。
 A子はガラスの入り口のドアの外のNの様子を見ながら、早口で俺に言った。
「悪いと思ったけど、あのとき、客のふりしてあなたの会社に電話しちゃった。どうしてもあなたと話したいってねばったの。そうしたら入院したって。天罰だと思ったわ。私のせいであなたにバチが当たったのだと思った。神様にお願いしたの。あなたの命を助けてくださいって。助けてくれたらもう会いませんって」
 そのとき、Nが、ガラスのドアを開けて店内に戻ってきた。
「Kさん。すみません。私、これから人に会わなきゃならなくなりました。A子を置いていくので、遊んでやってください」
とNはいたずらっぽい目で笑った。
 A子は
「私も帰るわ。あなたを先に降ろしてから、自宅までベントレー使っていいでしょ」
と言いながら、俺に手を振ってドアを開けて振り返らずに出て行った。
 Nは
「すみません。わがままで。またゆっくり来ます」
と言って慌ててA子の後を追った。
                                   (終わり)

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