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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第七十六回 JONY作 「夕陽の沈む前に」 ( 三題噺 旅 レモン 夕陽)

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『レモン』、それは黄色い。
 レモン、それはすっぱい。
 レモン、思いの外ごつごつしている。
 掌にのせるとひんやりと冷たい。レモンらしい、レモンたる重みとしか言いようがない質量が伝わってくる。

 うつ伏せにされて大の字に両手両足を開かされ、ペニンシュラホテルのクイーンサイズのベッドに革手錠で拘束された、まほの細い背中に、半分に輪切りにされたレモンを絞りながら汁の雫を垂らしていく。照明を限界まで落としたスイートルームの窓外には日比谷交差点から見る東京の夜景が広がっている。
 俺はまほの身体のほかの部分に触れないように注意しながら、舌先で彼女の首筋から尻に向けて背中のレモン汁を舐めていく。薄っすらと汗ばんだまほの背中は甘い女の香りがしてレモン汁の味を変えていた。俺の舌先が触れるか触れないかのタッチで肌は震え、俺の唇がレモン汁を吸うたびに、まほは焦れて低く呻く。背中のレモン汁がすっかり嘗めとられ、まほの息が荒くなってきたのを確かめて俺はナイトテーブルの上でほの暗い光を放っている和蝋燭を掴み、天井近くまで高く掲げて静かに赤い蝋を垂らした。
「あああ」
まほは初めて大きな声を上げた。
 まほの表情を窺い、苦悶の中に芽生えてきている快楽の確かな兆候を探った。この赤い和蝋燭の融点は65度。それが落下の距離が長いと冷えて温度が下がる仕組みだ。俺は少し蝋燭の高さを下げてまた蝋を垂らした。前より熱くなった刺激に
「あ、あつっ」
と叫び声が上がった。
可憐な白い背中に赤い華が咲いていく。

 俺がまほを知ったのは店の客としてだった。路上のメニュー看板の片隅に「Tarot 無料」と書いてあるのを見つけて閉店間近の店に入ってきた彼女は、シャンティガフを飲みながら、「占ってくれますか」と言った。店内にはほかに客はいなかった。
 女が求める占いというのは要は恋愛相談であることが多い。しかし、恋愛的悩みに関する質問に、まほは全く反応しなかった。彼女は、男との関係に何の信頼も希望も持っていないようだった。彼女は、恋愛抜きで、ただセックスだけの相手がいれば良いと言った。彼女は薬剤師をしているらしかったが、いかにも理科系らしい発想だと思えた。
「セックスって肉体的感覚的なものでしょ?」
「まさか。セックスは精神的心理的なものだと俺は思うよ」
「快楽が肉体的なものではなくて、精神的なものだと言うの?」
「その通り。快楽だと判りにくいかも知れないけど、恐怖心で説明すると判ってもらえると思うんだけど、道路にチョークでひいた巾30センチの線の間を歩けと言われたら、歩ける?」
「巾30センチの線の間?そこを真っ直ぐに歩くの?できるわよ。酔っ払ってなければ」
「平気だよね?じゃあ、地上100メートルのビルとビルの間に渡した巾30センチの板の上を歩けと言われたら?」
「そんなの出来るわけないじゃない。風が吹いたら下に落ちるでしょ」
「風の問題じゃないよ。バーチャルリアリティーでも100メートルの高さの細い板の上は、怖くて足が竦むんだよ」
「それが?セックスが心理的精神的なものという証明になるの?」
 まほは、挑むような目で俺を見た。
「恐怖心も快感も同じさ。身体の個体差なんて大して無いんだよ。地面に書いた線と地上100メートルの板が同じ幅の空間であるようにね。だけど君の好みのイケメンと、ブサイク男では、得られる快感が違うんだよ。同じような身体の相手と同じようなことをやっているのに君の主観、君の認識で、同じ物理的刺激に対して脳内の反応が全く違ってくる」
 彼女は、黙ってしまい、飲みかけのグラスを一気に干した。俺は続けて言った。
「でも、俺も、恋や愛がなければセックスの快感が無いとは言わないよ。ただ、セックスは肉体的感覚的なものではなく、心理的精神的なものだと言っているだけさ。大事なのは君が自分の快感のツボを解っているかということだよ。もちろん性感帯のことじゃないよ」
 まほはオウム返しにつぶやいた。
「快感のツボ?」
「うん。君がどんなイメージに対して性的に興奮するかだよ」
「?」
「女もいろいろで、羽生結弦が良いという人もいれば、汗臭い黒人ボクサーが良いという人もいる。少年が好きと言う人もいれば、ロマンスグレーが好きという人もいる。自分が性行為をしているのを欲情した男たちに見られるのが興奮するという人もいる」
 彼女は、半分納得し、半分腑に落ちないような顔で、俺を見た。俺は彼女に、シャンティガフのおかわりを作り、自分用にバランタインのオンザロックをグラスに満たし、話を続けた。
「早い話が、君が夜中に一人でオナニーをするときに、何を考えながらするかだよ。どういうイメージなのか、シチュエーションなのか、ストーリーなのか」
「私がしたいのはそんな妄想オナニーじゃなくて、現実の死ぬほど良いセックスなんだけど」
「うん。それは誰でもそうだよ。現実に男女が裸で抱き合ってもスポーツみたいに、単なる物理的な相互オナニーしているのでは、意味はないと思うよ。死ぬほど良いセックスのためには精神的心理的な要素が大事なんだ。愛とか恋とかいう言葉を使わないとすれば、コミュニケーション?相手の喜びで自分の性感が高まるとか。服従させられて感じてしまうとか」
 まほは、俺の最後の言葉を聞いて、目を見開き息を飲んだようだった。その瞬間に、自分でも意識しないで、俺は思いつきを言葉にしていた。
「俺でよければ、君の快楽探検の案内人になるよ」
 まほは、黙って俺を値踏みする目で見て、
「帰るわ」
 と言った。
 壁の時計を見ると、閉店の時間をだいぶ過ぎていた。
 俺は、
 「ごめんね。役に立てなくて」
と言って、店を出て行く彼女の後姿を見送った。

「何、ぼんやり考えているの?」
まほの声に、俺は我に帰った。
「いや、君と、初めて会ったときのことを思い出していた。店でタロット占いをしたのが君と知り合ったキッカケだったの覚えている?最初は君が、何も言わずに店を出て行ったので、もう連絡はないと思っていたのに、いきなり、ハプニングバーに連れて行ってという電話が君からきたのにはびっくりしたよ。あれから5年経つんだな」
 俺はホテル音羽の森のベッドから身体を起こし、窓の外に広がる葉山の海の午後の陽光に目を細めながら、鏡の前でキャミソール姿で、ブラシを髪に当てているまほに説明した。まほは、俺の話には興味ないように
「ねえ、今日は横浜の赤レンガ倉庫で降ろして貰える?」
と全く別の話をし始めた。
「うん。もちろん良いけど、買物?」
「ううん。モーション・ブルーで、夫とデート」
「ジャズ好きなんだ」
「夫がサックスが好きなの」
「ふーん」
 まほから、夫の話は聞いている。大学の心理学の先生で、まほの妹と母親に婚姻届の証人欄に署名させて、まほにその婚姻届けに署名するか、別れるかの二択を迫ったという興味深い男だ。俺は、服を着ながら彼女に訊いた。
「君はまだ夫とセックスしているの?」
「しているよ。健康的なセックス。彼、良い身体しているんだよね」
「じゃ、俺としているような悪いことを、彼とすれば良いじゃないか」
「バカね。できるわけないでしょ。夫婦でそんな変態なこと。恥ずかしくて死んじゃうわよ」
「俺とならいいのか」
「だって、Jさん(彼女は俺のことをこのハンドルネームで呼ぶのを好んだ)は、他人だし、いつだってバイバイできるから、何でもできるのよ」
『旅』の恥はかき捨てか。と、俺は心の中でつぶやいた。
 俺はデニムにシャツを羽織ると、冷蔵庫から自分用にジンジャーエール、まほ用に湘南ゴールドとかいう地ビールの瓶を右手に、ワイングラス二つを左手に持って、テラスのテーブルに移動した。葉山の海が眼下に広がる。目の前が長者が崎、その先右手に遥か彼方伊豆半島が霞んで見え、太陽はすでにその上にあった。さっきまでは中空にあったのに。秋の日は、気づいたらもう傾きはじめていた。気づいたらもうこんな年になっちまったという人生に似ていた。
 「早いもんだな」
 と、俺はひとりごち、ワイングラスの冷えたノンアルの泡を喉にしながら、あるいは、俺も、まほも『夕陽』が沈む前にと、焦っているのかもしれないなと思った。

(終わり)

コメント(2)

印象的で素晴らしい書き出しです!でも、どこかで読んだことがあるような……!?

というのはさておき、なんだか登場人物たちが、とても大人な会話をしていてドキドキしました……私が書いた"まほ"という女性は、もう少し幼かったような。JONYさんの手にかかると、こんな大人ムーディな雰囲気になるんですね!感銘を受けました。私ももう少し、エロスの描写を頑張ろうと、いい刺激になりました。

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