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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第27回 uri作 藪知らずの腐れた月夜

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二尺三寸の刀を灯りに照らす。良質の玉鋼(たまはがね)は流麗な綾杉肌(あやすぎはだ)で、その美しい地金に目を奪われる。沸(にえ)に光が跳ね、夜空の星のように輝いた。
三本杉の刃文の美しさを味わいつつ、打ち粉で刀身をたたく。粉を拭い紙で始末し、もう一度灯りに照らした。
世子の証しとして、父から与えられた刀は美麗だった。
兄にではなく自分に与えられた、あの瞬間、痛烈な喜びが身内に湧いた。

「ぬしはわっちより、刀が好きでありんすね」
清花(きよはな)が寝床から上目使いで、光圀をにらむ。小ぶりの唇が可愛らしく開き、すねたようにきゅっと結ばれた。
「黙ってろ」
清花を一瞥し、光圀は赤の襦袢に腕を通す。
守役の言葉を借りれば、水戸徳川光圀は“奇の字のつく暴れ馬”である。
傾奇者、はたまた数奇者(すきもの)と呼ばれる若者たちは、派手な身なりで闊歩し、徒党を組んでは、喧嘩や勝負事に血道を上げていた。江戸市中では旗本・御家人の次男三男、大工や鳶、火消しなどの町奴らが競い合っていた。
沸騰した江戸市中に若い光圀は駆け出し、喧嘩や辻相撲に精を出した。十六で芝居小屋に通うようになると、女はもちろん、陰間を買うことも覚えた。

わずかな供だけで江戸市中を見物した十四歳の時、古着屋で初めて買った赤の襦袢。膂力があり、体格のいい光圀だったが、母譲りの美貌は赤に映える。母の若い頃に流行っていた群青色の小袖をかさねた。刺繍された白菊が大きく咲く。萌黄色に千鳥の帯を手早く結んだ。清花(きよはな)の紅を小指に取り、目尻につけると、陰間のような色香が漂う。
「まだ八つでありんすぇ。まだ帰りんせんで」
追いすがる清花の言葉を背に、光圀は松葉屋を後にした。
日本堤に出て、土手を突っ切り、まっすぐ進む。ススキの白い穂がザワと揺らめき、赤子によく似た猫の鳴き声が耳に残る。
随身門(ずいじんもん)から浅草寺の境内に入った。昼間は賑わいを見せる揚弓場や水茶屋も、夜八つには扉を閉ざしている。
饐えた黄桃の色をした月が、観音堂を照らす。

一人で良かろう。

独り言をつぶやき、身をかがめて軒先へ潜り込んだ。身体を丸めて眠りこむ男、元の色がわからないほど汚れきった着物を掛けて眠るもの、小さな体を重ねて暖をとる兄弟。五、六人いるうちの一人の足首を、力任せに引っ張る。引っ張られた男が甲高い声でわめくと、ほかは地を這って逃げ出した。岩をひっくり返した時に現れる、蟻そっくりだった。無宿人たちは、一目散にお堂から逃げ出す。
軒下から光圀は出てきた。無宿人の右足首を、ガッシリと両手でつかみ、引きずり出す。身体を起こしつつ、男を脇へぶん投げた。
光圀は歩み寄り、すらりと白刃を抜いた。
男は震えながら顔を上げ、凶鳥のような悲鳴を放つ。
尻を引きずるようにして、後ろ向きに這って逃げようとした。
光圀が胸許を蹴飛ばすと、ぎゃっと叫んで転がる。

「なぜでございますか。このように落ちぶれても、命を惜しく思う気持ちはございます。なのに、なぜ…」
目を血走らせた無宿人は、姿に似合わぬ言葉遣いで光圀に問うた。
「前世の因縁であろう、諦めろ」
白刃を掲げて言った。
どこかで聞いたような台詞だった。昨日見ていた芝居の台詞か。
「南無阿弥陀仏」
光圀は刃を力任せに振り下ろす。
ガツッ
嫌な音がした。身をかばおうと振り上げた無宿人の右手がへし折れ、中途半端に千切れていた。切られた肉が空を飛び、遅れて血が噴き出す。
壊れた笛の音に似た、甲高い悲鳴が爆ぜた。けたたましい悲鳴が延々と続く。
「逃げるな」
首めがけて、刃を振るう。白刃は、逃げる男の肩を深々と裂いた。
「どうか、どうかお助け下さい!助けてください!」
泣き声を上げる男の血が、光圀の頬を濡らす。
生暖かさと、血臭にむかついた。
大人しく首を出せ!
刀を一振りするたびに、胸がむかつき、血がたぎる。
無性に腹を立てて、無宿人の肩を抉り、闇雲な怒りのまま、心の蔵を裂いた。
無宿人をなますにした光圀は、清花のもとへと歩き出す。随身門を出ると、周りは竹林だった。歩いても歩いても、大門はおろか、柳も見えない。

黄色く腐った月が腐臭を撒き散らし、血で濡れた光圀を照らす。

コメント(8)

ストーリーは途中ですが、ひとまずUPします。
時代考証は適当です、ご容赦下さいませ。
謡いの文句のような美しい日本語にほれぼれとしました。
一文一文の印象が鮮烈で、じっくりと何度も読みたくなります。
一文一文が美しいです……。妖艶な江戸の雰囲気が満々で、自然と世界にぐっと引き込まれてしまいました。比喩がものすごくいいですね。うっとりするような世界なのに、ラストが!ショックでした笑。まだ続くとのことなので、ぜひ読んでみたいです。
「さくらん」という映画を思い出しました。
吉原の遊郭で花魁として逞しく成長していく女性を描いた作品なのですが、監督がフォトグラファーで、極彩色の映像美に魅入られたのを覚えています。それを小説で描いてしまうなんて……! 驚きました。

光圀もドラマのイメージとはまるで違って新鮮で、ぜひ続きが読んでみたいです!

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