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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第24回 かとう作 「メロスRUN!RUN!RUN!」(三)

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(一)〜(二) http://nietzsche2012.blogspot.jp/2016/12/runrunrun.html

三 

 くまが僕たちの同居人に加わった。くまと言ってもぬいぐるみの、手のひらに乗るような小さなくまだ。そのくまがなんでしゃべったり歌ったり踊ったりするんだ。僕にはわけがわからない。
「せーえーらー、ふくを、ぬーがーさー、ないで」
 しかもおニャン子クラブだ。リビングのコタツの上で、振り付けまで完璧だ。縫製工場ではくまにそんなことまで仕込むのか?
「くまちゃん、上手!」
 メロスにセリヌンティウス、女神様が、コタツを囲んでくまに声援を送りながら見ている。僕はそれを部屋の襖を細く開けて、覗き込んでいた。
 くまが来てから一週間、僕はまったく面白くない。みんなくまの上手くもない歌や踊りをもてはやしている。くまがさらに調子に乗る。
 くまが一曲歌い終えて、みんなにお辞儀をした。右手を身体の前に出す、ずいぶんかっこつけたお辞儀だ。みんなが拍手する。顔を上げたくまと目が合った気がして、僕はそっと扉を閉じた。
 とんとん、と、ずいぶんと軽い音でその扉が鳴った。しばらく無視していたが、とんとんはしつこかった。そろりと扉を開けると、やはりくまが立っている。ずいぶん小さいので、しゃがみ込まないとよく見えない。
「何か用? おニャン子は終わったのか?」
「メロメロがバイトに行っちゃいました」
 くまはメロスをメロメロと呼ぶ。まったく不愉快なやつだ。くまは勝手に部屋に入って来た。
「なんだよ、入ってくるなよ」
「僕この家に来てから、ぼんちゃんとあんまりお話ししてませんよ」
「話す必要なんかないじゃないか」
 僕がベットに腹ばいになって漫画を読み始めると、くまはベットによじ登ってきた。ぼくの顔の横で、か細い声を出す。
「みんなと仲良くしないと」
 僕は、くまのそういうところが癪に触るのだった。
「なんで仲良くしないといけないんだよ、僕とお前が」
「だって、一緒に住んでるんですから」
 しかし、くまのロジックはシンプルである。僕は寝返りをうち、くまに背を向けた。くまは構わず僕の背中に話しかける。
「ぼんちゃんの家族の話をしてください。お父しゃんとか、お母しゃんとか」
 お母さんの話だと? どうしてくまは僕の嫌なことばかり言うんだろう。僕はあくまで無視を決め込むことにした。しかし、くまが勝手に語り出した話を聞いて、口を挟まずにはいられなかった。
「僕のお母しゃんは、とってもとっても優しい人なんです。鳥しゃんとお話しするのが得意なんです」
 くまのぬいぐるみの母親だって? 僕はくまのほうに向き直した。
「お前はぬいぐるみだろ? 母親なんているわけないじゃないか」
「いますよ、僕にも」
「じゃあどこにいるんだよ」
「そのうち迎えに来てくれるそうです」
 僕はつい吹き出した。くまが不思議そうな間抜け面で僕を見ている。僕は言ってやった。
「お前はぬいぐるみなんだよ。工場で、時給900円くらいのパートのおばちゃんが作ってるんだよ。ただの綿のかたまりなんだ。親なんているわけないだろ」
「え……」
「お前自分のケツのタグ見てみろよ、メイドインジャパンって書いてあるだろ」
 くまは必死になって、お尻のタグを見ようとした。だけど見れるわけがない。くまはベッドの上に尻餅をついた。
「うわーん、うわーん」
 くまが唐突に、子供みたいな声で泣き出した。小さな体のわりに、その声は予想外に大きく、耳障りだった。
「お母しゃん、お母しゃん」
 僕は耳をふさいでくまに背中を向けた。
「おい、どうしたんだよ」
 セリヌンティウスがドアを開けて、無遠慮に僕の部屋に立ち入ってくる。僕の顔なんか見もせずに、くまをその手に抱き上げた。
「くまちゃん、どうしたんだ、またこの坊主に意地悪されたのか?」
 セリヌンティウスは泣き続けるくまの頭を撫でる。くまはすんすんと、目を押さえて小さな呼吸音をもらした。セリヌンティウスがくまを抱いたままきっと僕を見た。
「お前、どうしてひどいことばかりするんだ。こんな小さくて可愛いくまちゃんに、なんで優しくできないんだ?」
 くまは気がついたら泣きやんでいて、セリヌンティウスの肩の上から潤んだ目で僕を見据えた。そして言った。
「セリちゃん、別にいいんです。僕が悪いんです。ぼんちゃん、ごめんね」
 僕はあやまるくまが気に食わない。
「うるさいよ、出てってくれよ」
 そう言ってセリヌンティウスの体を押したら、くまがバランスを崩して足を滑らせた。落ちかけてセリヌンティウスのオーバーオールの肩紐をつかんだけれども、腕力が足りないのかそのまま床にぽとっと落下した。
「ああっ」
 セリヌンティウスが慌てて手をさしのべようとしたけれど、背中側に落ちるくまをキャッチしようとして無意味なダンスを踊っただけだった。
「くまちゃん!」
 その慌てぶりは結構なものだった。確かに、くまの体の小ささから考えると、僕が高層ビルの高さから落ちるようなものかもしれない。僕も心臓に水をかけられたみたいに、ひやっとした。
 セリヌンティウスがしゃがみこんでくまに手をさしのべる。くまはなんでもないように起きあがった。
「大丈夫か、くまちゃん」
「大丈夫です、僕綿だから。痛くないでーす」
 セリヌンティウスはほっとした表情を浮かべて、くまをオーバーオールの前ポケットに入れた。そして僕には一瞥をくれただけで、何も言わずに部屋から出ていった。

「くまちゃんはココア好きか?」
「だいすきでーす!」
「じゃあ作ってやるからな」
「わーい!」
 リビングからそんな声が漏れてくる。セリヌンティウスは僕にココアなんて作ってくれたことがないのに。くまが来てからは、みんなくまに構ってばかりだ。僕はリビングのソファに隠れて、キッチンのほうを覗いた。
 セリヌンティウスがガス台を覗き込んでいる。
「ココアはこうやって作るんですね!」
「おい、落ちるなよ」
 セリヌンティウスがそっと胸元を押さえているのがわかる。きっとくまがセリヌンティウスの胸元のポケットから、ココアを覗いているのだろう。さっき落ちたばかりなのに、たかがココアで馬鹿なやつ。
「ぼんちゃんは飲むかしら」
「いいよ、あいつのぶんなんて」
「でもみんなで飲まないと、ぼんちゃん可哀想です」
 偽善的なくまめ、みんなにいい顔しやがって。僕は舌打ちをした。
「ほら、ぼんちゃんがココア飲みたくて、ちって言いましたよ」
「えっ?」
 くまはどうやら無駄に地獄耳だ。
「わたしも飲むわー!」
「うわっ」
 台所の窓をがらっと開けて唐突に現れたのは女神様だった。目の前に急ににょきっと現れて、上半身をねじ込ませる、セリヌンティウスが驚いて後ずさった。
「女神ちゃん、やめてくれよ! その登場の仕方はねぇよ」
「あらっ、引っかかっちゃったわ」
 女神様は体を乱暴に引き抜いて、普通に玄関を開けて入ってきた。
「始めから普通に出てこればいいのに……」
「日常にサプライズは不可欠よ。ねぇ、くまちゃん、今日はお土産があるの」
 セリヌンティウスがことりとマグカップをダイニングテーブルに二つ置く、それと同時にくまもテーブルにぴょんと飛び降りた。
「少年も、そんなところから覗いていないで、こちらへ来なさい」
 仕方がないので僕もダイニングテーブルの脇に立った。女神様は、お尻の後ろからなにかを取り出して、
「じゃじゃじゃじゃーん!」
「女神ちゃんってセンスが昭和だよな……」
 またコンロに向かって追加でココアを作っている、セリヌンティウスのつぶやきは無視された。女神様が持ってきたのは外国製のマシュマロだった。それは普通のマシュマロの数倍はある、巨大マシュマロなのだった。
「ココアに浮かべましょうね」
「でもこれ、マグカップに入れたらココア溢れるんじゃない?」
「ぼんちゃんはいつも、そんなつまらないこと言って!」
 僕らのやり取りを尻目に、くまだけは目を輝かせていた。そして、僕の方を振り返って、なぜか得意げな顔をしている。
「ぼんちゃん、僕には特技があるんです」
「何にもできなさそうなお前に?」
「そのマシマロを高く投げてください」
 言われるままにマシュマロを空中に投げると、くまが「はっ!」と叫んで、ダイニングテーブルからものすごい跳躍を見せた。そして、マシュマロに腹ばいで乗って、マシュマロごと宙にふわふわと浮かんでいる。
「おお……!」
 僕はつい驚きの声が漏れた。くまがさらに、得意そうな顔をした。調子に乗ったくまは、短い手をくいくいと動かして、僕を煽った。僕は宙に浮かんだくまに向かって、次々にマシュマロを投げる。
「よいしょっ! ほいっ! ふんっ!」
 くまは変なかけ声を発し、投げられたマシュマロたちに乗り移った。時には片足で、時には逆立ちで。それはまるでお正月にテレビに出てくる大道芸人だった。くまの体から離れたマシュマロは浮力を失うらしく、次々と下に落ちて行った。くまはそれを器用に、マグカップに向かって落とす。マシュマロが派手に飛び跳ねて、テーブルがココアで汚れた。
 僕は構わず、くまに向かってマシュマロを投げ続けた。様々な体勢で乗り移るくまが面白かったのだ。
だんっ!
 急に大きな音が響き渡り、驚いたくまがマシュマロとともにテーブルにぽとっと落ちた。
「食べ物で遊ぶんじゃないっ!」
 鬼のような顔をして怒っているのは女神様だった。テーブルを叩いた音だけがアパートに反響して、場が静まり返る。くまと僕は顔を見合わせた。くまがとても悲しげな顔をしながら、
「女神様、せっかくマシマロくれたのにごめんなさい。セリちゃんも、ココア作ってくれたのに、ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げた。女神様はくまを抱き上げながら、
「反省してるならいいのよ〜! でも今度から気をつけてね!」
 とくまに猛烈な勢いで頬ずりをした。セリヌンティウスは、その様子を目を丸くして見ていた。鍋の中のミルクが吹き上がり、コンロの火にかかる。「あっ」と声をあげて、セリヌンティウスは火を止めた。
「ぶっ」
 こみ上げた笑いが、僕の口から漏れた。慌てて口を押さえたが、みんなが僕を見る。
「ぼんちゃん、今おならしましたか?」
 抑えていたのに、そのくまの一言で僕は止まらなくなって、弾けたような笑いを放出させた。
「くまままま、くまままま」
 変な声がすると思って見ると、くまも笑っていた。
「おまえ、へんな笑い方だな」
 そう言うと、さらにくまは「くまままま」と笑った。可笑しくて可笑しくて仕方なくて、腹がよじれて頬が痛くなる。くまが笑うたびにさらに笑いは込み上げてきて、僕たちはいつまでも笑い泣きをしていた。

「おまえさぁ、くまちゃんに母親の話をしたんだろ」
 膝の上で眠るくまにハンカチをかけながら、セリヌンティウスが言った。
「ぬいぐるみに両親の話なんかするなよ」
「なんでだよ」
「決まってるだろ、ぬいぐるみには親なんていないんだから」
 そう言われても、僕には納得ができない。
「でも、このくまは、親がいつか迎えに来てくれるって信じてるんだよ。だったらなおさら、真実を教えないと本人のためにならないじゃないか」
「じゃあ、お前は本人のためを思って言ったのか?」
 そう言われて、ぎくりとした。教えてやるのがくまのためだと思ったのは、ただの口実でしかない。僕はいつも呑気そうにしているくまが目障りで、つい泣かせてやりたくなったのだ。
初めて、くまに対して可哀想なことをしたと思った。セリヌンティウスは続けた。
「別に、本人は知らなくていいんだよ。いつかわかるんだから。子供たちの中には親役のぬいぐるみを買ってきたりする子もいるしな」
「それで、ぬいぐるみたちは納得するの?」
「うん、お互い始めから親子だったみたいに、すんなり受け入れるんだよ」
そんなぬいぐるみの世界なんて、僕は知らなかった。セリヌンティウスはなぜこんなに詳しいんだろう?
「とにかくな、ぬいぐるみっていうのは、愛されて可愛がられるために生まれてきたんだ。お前それを妬むなよ。可愛いくまちゃんなんだから、何も考えずに可愛がればいいんだよ。お前もさっき笑ってたじゃないか」
 くまは小さないびきを立てて寝ていた。みなしごなのに、それを知らないくま。可愛がられるためだけに生まれてきたくま。
 僕はセリヌンティウスの膝の上のくまをそっと撫でた。くまは、相変わらず呑気そうな顔をして眠っていた。

 その数日後、メロスは大きなくまのぬいぐるみを買ってきた。バイトで家を空けていた間に、僕とくまの間に起こったことを、女神様かセリヌ ンティウスが告げたようだった。しかし、メロスは僕を責めなかった。
 代わりにまた銀座に寄って、くまと同じシリーズのLサイズを買ってきたのだった。しかし色が白だった。
「同じ色のほうがよかったんじゃないの?」
 僕はこそりと言ったが、くまたちはそれには全く構わず、ダイニングテーブルの上で再会の抱擁をした。
「お母しゃん!」
「くまちゃん!やっと会えたわね」
 抱き合う二体のくまのぬいぐるみに、メロス、セリヌンティウス、女神様のみんなが涙する。セリヌンティウスはこっそり母くまの背後で、タグを切ってやった。
 ただ綿の塊が二つに増えただけじゃないか。それなのに、僕の目にも少し涙が浮かんだから不思議だ。
 僕は自分の母さんのことを思い出した。今どこの空にいるんだろう?もしかして地上に降りてきているかもしれない。国内にいることは確かだ。いつかは会いに行かないといけない。
 その時はきっと、再会じゃなくて、決別の時だ。

コメント(2)

>>[1]
ご感想ありがとうございます!「おもちゃ箱をひっくり返した……」という表現、嬉しく思います。くまちゃんはもう完全に個人的な趣味になってしまいました。私自身がホロリとしながら書いています笑。

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