ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

半蔵門かきもの倶楽部コミュの第百五回 文芸部A 大邦将猛作 「鉈坊主」(2) 自由課題

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
以下のリンクからつづきます。
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6226350&id=101009493

「ボロ、すげえイタズ(熊)だな。一人で仕留めたのか?」
サンガが熊を仕留めるときは追い込む役目と待ち伏せる役目と罠などあらゆる仕掛けをして
頭脳戦で仕留めるのが普通だ。人を恐れない暴れ熊だとたいてい一人か二人の犠牲が出る。
仲間に何も言わず熊一頭分の毛皮と大量の肉をぶら下げてきたのは
里の人間を驚かせた。ボロキャクはそれが暴れ熊だったとは言わなかった。

おぬいのいる竹鼻村ははるか下界。険しい山の上までボロキャクは熊の皮を背嚢代わりに肉を持ち込んだ
皮はまだ完全になめしていない、和人の村でなめし剤も作れぬから、燻して中途半端になめした状態であった
「和人の娘と仕留めた。頑丈にできた家を借りてなんとか仕留めたよ。」

なんか綺麗になったな。湯を馳走になった。そんなやりとりをして
肉と皮を渡して、皆で食え、革にして使えと言い放った
熊の皮をしっかりと植物の渋でなめすのはとても一人ではできない
サンガの里に任せるのが一番だ。

「わしはその娘と夫婦になる。」
「その和人を里に連れてくるのか?」
「だめだ。とても村の河童たちと一緒にはできねえ。
 和人のむずめは所帯を持つと建前じゃが亭主とだけまぐわうんじゃ
 湯を浴びていつも体の垢が落ちてる。わしらと全然違う。
 こんなとこ連れてきたら気がふれてしまうがや」

一呼吸おいてなじみの友が言う。
「ボロ。お前がサンガやから、一緒に暮らしたらその和人もサンガになるがや」

わかっていた。ボロキャクが一番わかっていた。
「わしはこっそり通うんじゃ。肉を届けて、薪を渡して、奴ら村人に見えんように通って
 その娘と夜を過ごして、また山に入る。」
「吾子ができたらどうするんじゃ」
「和人の子としてその娘に育ててもらう。わしは遠くから見守るんじゃ。
 もう決めた。わしはその娘にほれてしまったや
 サンガの子供たちみたいにわしの子はわからんでなくて
 ほれた娘とわしの子をそだててもらうんじゃ」
「お前、里を抜けるのか?」
「おうよ。命の恩人がわしに惚れたというてくれとるがよ。
 ろうたくてたまらんがよ。」

サンガの共同婚の風習がいつごろ形成されたか、おそらくは共同体としてどの子も同じく手厚く生き延びさせるためのきまりだった
どの狩人の獲物も家族の別なく皆で食うための被差別民の知恵だったと言える。
すくなくとも狩にくらべれば安定した収穫がある和人には所有の概念があり、限定婚で家を構えるのが当たり前だった。
百姓は和人の最下層民であったが、サンガはさらに苛酷に命をつなぎ、個人でモノを持つという思想も捨てざるを得なかった。
その究極が親と子をすて皆が家族となる共同婚だったのではないか

ボロキャクは家族をもつという考えに触れ、おぬいと子をなしてみたいと思うようになった。
自分の親を知らないことが当たり前だったサンガの里を否定すること、共同体の不文律を犯すことを
禁忌を破るように感じた。

里で一番大柄で強い。獲物の取れ高の一番多い自分がこのようなことを言えば
断罪される覚悟で里を捨てると言い放った。

しばらくの沈黙の後、ボロキャクが最もなじみにしていたウパシという女が
静かに微笑みながら、うなずくように言った。

「ボロよ。いいやないか。いつでも帰ってきていいし、その娘と夜しか会わないなら
 昼はここで住んでてもいいやが。仕留めた肉はその娘と二人では食いきれまいよ。
 持ってきてくれたら、山の菜っ葉やらなんでも同じくらいのもの持っていけばいい
 夫婦ってのがわっちにはわからんがあまりモノがほしいとも、獲物がいつも大きいのに
 人に食わせてばかりのお前がそんなにいいきったのはじめてやが わっちは好きにしたらいいと思うよ」

ほかのサンガもなんのことはないという体であった。

「その娘が羨ましいやがよ。もうサンガの女は抱かないのか?」
「ああ、たぶんな。でもサンガの子はみんなわしの子でもあるがや。また皮と肉を届ける」
そういってすぐに山を下りて行った。

「ろうたくてたまらんがかよ」笑いながら吐息を漏らすようにウパシやほかの女たちがいった。

行きも重い荷物をもって走るように登ってきた。ボロキャクは帰りこそ尚速くおぬいのいるところへ走る。

ボロキャクは昼のおぬいの農作業が手伝えて村の人としてむかえられたらどんなによいかとおもった。
豊臣と徳川の時代になって戸籍すなわち人別帳の記録は正確になった。サンガは含まれていない。
みなしごのおぬいも村人の組には入る。いわゆる五人組で抜けることも生まれた子を漏らすことも許されない。
突然成人の男が入れば徹底した人改めが起こることはボロキャクにも容易に想像がついた。
最近の切支丹や一遍上人のような新しい思想を危険視する風潮も人別帳の管理を厳しくしている。

だから密会は徹底して秘匿されなければならなかった。

おぬいの家にこっそりとちかづく、村人はいない。竹鼻村は人がまばらで慎重になればみられることはない。
村の外れであったからそれも幸いだった。
「おぬいわしじゃ。家を出れるか?」
「もちろんじゃどこへ?」
「家をこさえた。村人にしられんとこでたまにおめさんに来てほしいがや
 獣にやられんようにいろいろ仕掛けがある。」

ボロキャクはおぬいを気遣いながら山道を上がっていった。
しばらく歩いてから、
「この辺まではすぐじゃ。これからは印を置いてここで落ち合おうがや」
「まだ先があるかや」
「おめさん疲れさせたくないな。わしにおぶされるか?」
ボロキャクはおぬいを背に抱えきつ過ぎないか気遣いながら紐を縛った。
「少し走るぞ。よく捕まってくれ」
道なのかわからぬところをおぬいの全力でも追いつかぬような速さでボロキャクは走った。
「おめさんと過ごしたくてな。ちぃと頑張って、小屋を建てたや。
 気に入ってもらえるといいが・・・」

溝がたくさん横に走るが溝の山を踏んで飛ぶように走っていく。
「こんなところなのか」
飛びながら答える
「ああ、熊や猪が直線に向ってこれないように溝を切った。熊が隠れられないくらいの深さにもなってる。
 人もこの先に誰ががいると思わないだろう。」
「これおめさんひとりでやったのかや?」
「おうよ。和人の斧と鍬はよくできてるがや。あっという間じゃ。」

小屋は山道から外れたところにあった。
おぬいと過ごす時間を安全にしたい思いで彼は全力で小屋とその周辺を整えた。

「ついたぞ。湯も沸かせるぞ。」

井戸ははなれたところに汲み桶を置かずに掘ってある。山中の清水で水は冷たく澄んでいた。
隠れて住むのでなければ川沿いに作りたいがいずれ見つかる。
不便だが自分が体を張れば秘密の暮らしができる。思いつくことはなんでもした。

「斧を貸したのはほんのすこしまえじゃったよな」
「おめさんとゆっくり過ごす場所がほしくてな。少し小さくて済まんの。だが頑丈じゃ。」

村の男たちだったら数人でもそうそうこの小屋はつくれまい。平行に掘った地溝も数人の仕事だ。
たくましさもあるがひたむきに作ったことがよくわかる。そして小さくもない。
よくみると一見わからないが触れるとかさかさと鳴る狼や熊が近づくのを知るための鳴り子のようなものを張り巡らせてもいる。
溝も何十にも重ねられていておぬいはここが周到につくられた砦のように見えた。

「鳴り子も人が作ったとはわからんように雑にしてある。だが罠は仕掛けられん。
 人がかかって怪我でもしたらわしだけでなくて、サンガみんなが疑われるし和人の役所がなにをするかわからん
 とはいえこれだけしとけば、獣からは守られて安全じゃと思う。
 来てくれるときはおぬいには難儀じゃから、また今日みたいにわしがおめさんをおぶってはしるがや」
ボロキャクは満面の笑顔でそう言った。

おぬいは知れず涙が出てきた。
「どうしたんじゃ。なにがあったんじゃ。気に入らんのかや」
かぶりをふって
「わからんのじゃ。ありがとうや、わっちはなにいうていいやわからん」
おぬいは抱きついて、しばらくそのままにさせてほしいとつげた。
伝わる涙が枯れるのを困惑してボロキャクは見つめていた。

『満足やさ。わっちはもう何もいらん。生きててよかったと思うたのは初めてじゃ。』
親というものがいたらそれはこのような暖かさだったろうか、男女として過ごしともに子をなそうとして
しかも同じ場所に暮らせないのにだれよりも家族を感じさせてくれる。

こうして二人の生活が始まった。
ボロキャクにとってサンガの大人衆はみな父であり、母であったが自分の血のつながった本当の親というものと話してみたいと
どこかで思っていた。サンガを見下すことなく子をなしたいというおぬいに心酔していた。
一方おぬいは親を知らなかったが親以上に温かくてまっすぐな恋人を心の底から求められた。
二人は家族をもつということに高まる気持ちを感じていた。

ともに離れられぬ間柄になっていた。
ボロキャクは比翼連理の理を思い出した。
男女が真に結ばれると胴体を一つに双頭の雌雄の一羽の神鳥のように
思いや願いがそろう。おぬいが欲望を高ぶらせるときにおのれの高ぶりも感じる。
自分もおぬいもおそらくは孤独であったのだろう。
まぐわうほどに癒され、離れられなくなってボロキャクはおぬいに溺れた自分に気づいてゆく。

寝物語にボロキャクはおぬいに話したことがある。
「なあ、おぬい誰でも起こせる奇跡がある。なんだと思うや?」
「わかる分けねえやさ。わっちは仏法なんぞ何も知らん」
「仏法なんぞ何の役にも立たん。なにも教えてくれんよ
 でも経なんぞなんも読めなくても、この日の本にお釈迦様の教えが来る前から
 誰もが起こした奇跡があるんじゃ。それどころか人でなくても牛も馬もそこらの草木も
 起こしてる奇跡じゃ」
「もったいをつけんと教えてくれやさ。わっちは考えてもわからんことは考えられん」
「まぐわいじゃ。まぐわうことが奇跡なんじゃ」
「どういうことやさ」
「わしは経を読んで如来様や菩薩様が声をかけてきたこともなければ、
 そこらの和人の坊さんが功徳がなんぞあろうともほんの小さな奇跡がおこることもないとおもってる。
 どの神社仏閣もまがい物だし、怖い獣はいるが、魔物の類はもろこしや天竺の話も含めてみんな法螺だと
 確信しとるがや。だがまぐわって子ができることは人でねくてもできる。
 修行もなんもせん百姓も、徳を積んだ坊さんもまぐわえば吾子が作れる。ものすごいことだとおもわないか?
 花や草木も年月に連れて枯れたりまた新しく咲いたり、あれはわしは草木がお天道さまとまぐわってると思うんじゃ」
「へえ、お天道様と花がまぐわってるのかえ」
おぬいはわらった。
「花はおひさまに向って動くぞ。日の光をあびて育つものは生きておるんやが。皆人もほかの生き物もほかの命をもらって食わねば生きられん。まぐわえば人は人の子を、犬は犬の子を産む。稲は稲になり、粟は粟に、稗は稗になる。生きて未来をつくるのじゃ。素晴らしいことだと思わんか?」
おぬいは素直にそう思うと告げた。
未来とはボロキャクが教えてくれた言葉だった。いまだきたらぬときを指す語らしい。
その意味をかみしめるときただ農作業をして日がな暮らしていた百姓以外の何かになったような気がした。

ボロキャクは和人の僧侶は殺生を望まぬから農作物を食うというが草木も生きているから殺生と変わらないという。
ましてまぐわいを欲とか煩悩として女煩を否定している坊主は生きることの理をしらないと言った。
不思議な人だとおぬいはおもったが、またどの僧侶よりも僧侶らしく思えてきた。

子が生まれたら読み書きを教えてほしいとボロキャクは言った。
鉈でそいだ木の薄板に文字を書いておぬいに根気よく教えた。読み書きができればどこかの山門にいれて坊さんにできる。
農作業しかしらなかったおぬいはこの膂力無尽の恋人が何も知らない自分に語る未来を全力で受け止めた。

「息子を坊さんにかえ?」
「娘かもしれんがや。百姓よりは学ぶことも多いし自由じゃ。
 字が読めればなれるし、飯も食える。わしはすこしは経を知ってる。
 わしはその子を遠くから見ることしかできんから、おめさんがおしえるんじゃ」
「わっちにできるかの」
「なんの、おぬいはそこらの坊さんよりよほどわしには仏法にかなった人じゃ。
 経を読む人を坊主と言うのではない、功徳で人を救う人を坊主と言うのじゃ」
「わっちは誰をすくおうともしとらんし、自分のことでいっぱいじゃったや」
「わしはおめさんにすくわれたのや。」
「熊のことか?」
「たわけ。おめさんにでおうてわしはうまれかわったんじゃ。」
「たわけはおめさんじゃ。わっちこそおめさんにあえてはじめてこの世に生まれたみたいじゃ。
 おめさんが望むならわっちは字でも経でもなんでも覚えてやるやさ」

農作業のだんだんと立て込むころにおぬいにつわりの様子が見られた。
ボロキャクはサンガの里で臨月の女をなんどもまじかに見ているからすぐに分かった。
おぬいの田の耕しや田植えは夜にボロキャクがした。夜目が効くからボロキャクがすべてできた。
昼の間に田に出て村人と当たり障りのない話をしてすこし大き目の衣で臨月をさとられないように
おぬいはすごした。
独り身ですこしはずれに田をあてがわれていてその耕地も少なかったためうまくやり過ごせた。

だんだんと腹がでてくるおぬいを見てもう一月もすれば生まれるというころだったが、年貢の脱穀をすませ俵を作った。
『うまくできたものだ。ちょうど村人と縁のきれるころに出産をわしの小屋でできる。』
ボロキャクはそう思うと産婆をどうするか思案した。いざそのときになると思わぬことでいろいろと心配になる。
サンガの女たちに協力を仰げないか聞きに行ったら、ウパシと数人の女がもちろんだとボロキャクの小屋についてきた。

「あいかわらずだなボロ。こんな小屋を作ったのか一人で」とウパシ。
つくづく感心していた。
「これを作るのはさすがにわしも難儀じゃった。でも必死じゃったからなんでもなかった。」
女たちはボロキャクの手を借りながら溝を超えて行った。
「気をつけろよ。この溝は熊よけじゃ、ところどころ不便にしてある。」
小屋は立派だった。
「湯が沸かせる。おめさんたちも和人の湯あみというのをしたらいい。」
女たちは改めてボロキャクの前で裸になるのがはじらしいような気もして戸惑いながら
湯あみを覚えた。
奥にボロキャクが愛した和人の娘がいた。
「はかなげでろうたげやさ」ウパシは微笑んでいった。大事にされているのがそこはかとわかる。
「ぬいともうします」
「もういつ生まれてもおかしかないやさ」
ウパシと女たちは小屋のはりを探していた
「あそこがいいかね」はしらとはりは十分に頑丈そうだった。
サンガのお産なら木の枝に紐をくくり妊婦を起たせて掴まらせるが
こんな山の低いところでは頑丈な小屋の中でなければならない
「ボロ、わちらが湯なんぞもろうて水がへったろう。おぬいさんはいつ生まれてもおかしくないぞや。
 いまでも水を汲んでおけやさ。いよいようまれそうになったら湯を欠かさず沸かして、水と溶いて人肌にしとけ」
「おうよ。ありがとう。すぐ行ってくる」
ボロキャクは飛び出していった。
ウパシと女たちはいきみ用に紐をくくり、おぬいに行き見方を教えた。
「おぬいさん。子を産むのはほんに難儀なことじゃ。おめさんは華奢やさ、悪しくすると命を落とすかもしれん。
 ボロはわちらみたいな頑丈な女しかしらんからお産で女が命を懸けるなど想像もしとらん。気を強く持って決して命など落とすものがと
 気をはってくだされよ。」
「はい。わかりましたやさ」
「わっちはおめさんみたとたんになんでボロが惚れたのかようわかりやしたさ。
 生んで数日でおめさんは和人の村でなにごともなかったみたいに子供をそだてることになりやさ。
 マツバリ(父なし)子として和人の里で子育てするのはきっと骨が折れるやろうけど、ボロも遠くから見守ってるし、
 わちらもできることがあればあのボロの願いならなんでもしたいと思う。どうかきばってくださいさ」

おぬいはウパシ達とボロキャクはどんな関係だったかをおもった。
想像は外れてはいまいが不思議と悋気もおこらない。むしろ得心がいって

「ありがとうございまさ。万が一わっちが命を落として子が生きたらサンガの子として育てていただけませんや」
「もちろんやさ。でも縁起でもないこといわんと、気張ってくだされ」

ボロキャクが大きな汲み桶二つに水をいっぱい抱えて帰ってきたとき
おぬいはいままでにない激しい陣痛を訴えた。
ウパシは断っておぬいの産道をたしかめた。

「産道が開きかけて痛みが増しているようやさ、時を定めたようやが、はじまったぞ」とウパシ。
おぬいに紐につかまれと衣の裾をほどいて足を開かせた。
「さあ」とほかの女たちに湯を沸かせさせた。
ボロキャクにはありったけの布を求めた。
ボロキャクは女のお産を見たことはないからうろたえたが
ウパシの指示をかたずをのむように待っていた
「ボロ、お前のすることはない。もしほかにもおけがあるならさらに水じゃ綺麗なのをな」
「おうよ」と飛び出していった。

湯が沸いて人肌にされて
冷えて来たら沸いた湯を足して
常に人肌の湯をたらいにたしてそのうえで紐につかまり
指示の通りいきむおぬいがいた。

「おぬいさん、ちょっとやそっといきんでもでてくるもんでないやさ。でも赤子がいずれ自分の力で産道を突き抜けるようにおめさんの腰の骨を切り開くように出てくる。それがおこりやすくなるよう力をいれなされ。一刻くらいで済むこともあれば、一晩明けてもまだ終わらないこともある。気張ってくださりや」

ウパシの指示でボロキャクがひしゃくで冷えた水をおぬいにのませる
二三刻が過ぎたころ夜もすっかり更けて
おぬいはさらに痛みを訴えたころに羊水がはじけた。
受けていたたらいにたまった羊水を捨ててたらいを開けてまた綺麗な汲み水と沸かした湯を溶いて人肌の湯をはった。
血まみれの赤子が頭を出すと大きな声で泣き出した。
女たちは拾い上げて洗う。脱力しきったおぬいが倒れこむのをボロキャクが受けて横たえた。
「その子は大丈夫なのか?血まみれやが」
「こういうもんやさ。安心しろ。力強い泣き方じゃ。この子は強くなるぞ。お前そっくりにな。」ウパシが湯で丁寧に子をぬぐう。
「おぬい。おめさんは大丈夫か」
「・・・ああ・・・難儀やったさ。わっちはもう大丈夫矢さ。それとウパシさん。ありがとう。ほんに」
ほれと血を洗い落として布にくるんだ子をおぬいに抱かせた。
おぬいはとめどなく流れる涙をどうにもできなかった。

「わしらの子なんじゃな。サンガと和人の子じゃ。わしはこの子をエゾタロウと名付けたい」
サンガは蝦夷地のアイヌと同祖という説を信じているようだ。タロウは和人によくある名。どちらの子でもあるという名前にしたいのだろう
蝦夷という響きのある名は村での子育てを難儀にするとおぬいは「ソウタロウでどうやさ」と言った。

おぬいは決意をもって村で私生児としてソウタロウを育てると宣言した

コメント(2)

コメント遅くなり失礼しました。ボロキャクのおぬいに対する愛情が純粋で心打たれます。現代の都会で生きる男たちには無い、強さと純粋さを持ったボロキャクは、とても魅力的だと思いました。
>>[1] ありがとうございます
時代設定というか架空の部族にかなり想像いれてるので
前提を書いて表現するのが大変てした
冗長で飽きられないか心配ですがやーっと主人公がうまれました

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

半蔵門かきもの倶楽部 更新情報

半蔵門かきもの倶楽部のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。